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第3話

今年のバレンタインデーは土曜日で、もちろん僕は仕事。 昨日作ったチョコを職場で振る舞うと、みんな「おいしい!」と言って、食べてくれた。 もちろんお世辞も含まれてはいるだろうけれど、あっという間に容器からチョコがなくなったことを考えると、多分そこそこの出来だったのだと思う。残念ながらそのおかげで、休憩時間の遅かった三枝君はチョコが食べられなかったみたいだけど……まあ、女の子たちからたくさんもらうだろうから、いいかな? 仕事が終わると、今日は大急ぎで身支度をし、駅に向かう。 土曜日だから、いつもと比べたら電車の本数が少し減る。乗り遅れてしまったら、先輩の家に着くのが遅くなってしまうから、大変なんだ。 先輩はお休みの日だけれど、僕はこのとおり仕事だし、明日のシフトは早番に当たっていて……今日は本当なら、先輩とは会わないことになっていた。大体、おとといお泊りしたばかりだし。 だから、チョコを手渡して……受け取ってもらえたら、そのまま駅に戻って家に帰るつもり。 約束なんてしていないから、先輩がいないなんてこともあるかもしれないけれど……その時は郵便受けにでも入れておこう。 電車の窓から街の明かりを見つめながら、何だかそわそわと心が落ち着かない。 ちょっと会えない時期もあったけれど、ずっとお付き合いしてきて……それでもチョコを渡すのなんて初めてで……先輩、ちゃんと喜んでくれるかな。 甘いものは嫌いじゃないから、食べないってことはないと思うんだけど…… 急にこんなことをして、呆れちゃったりしないよね…? 乗り換えもあって、すぐには着かない先輩の家までの道のり……何だか心配や不安がじわりじわりと沸き起こってくるけれど……そのたびに肩にかけたバッグを掴む。 中には昨日作ったチョコが入っているんだ。 ………大丈夫、大丈夫。 チョコを渡すだけだし……先輩だってびっくりしても、きっと受け取ってくれるし…… それに、クリスマスも一緒に過ごしてくれたんだ……バレンタインだって、きっと大丈夫なはず…… 電車が駅に着くと、急いで降りて改札を抜ける。 いつもだったら遅い時間に着いたときには、先輩が駅前のコンビニで待ってくれているけれど、今日は約束なんてしていないから、先輩はもちろんいない。 随分前に日が暮れて、真っ暗になってしまった道を、先輩の家へと向かう。 いつもの道を足早に歩いて……着いた。 先輩の家には明かりがついていて――よかった、家にいるみたい。 速足で歩いたせいで少し乱れてしまった呼吸を整えると、深呼吸をしてインターホンを押した。 ─────ピンポーン… しばらくすると、ドアの向こうからバタバタと足音が聞こえ、「……はーい」という声とともに、ドアが開いた。 確かに今日は約束なんてしてなくて。 ここに来る前にも、連絡なんてしてなくて。 だから、歓迎される、なんてこと……考えても期待してもなかったんだけど…… 「───は?……え?……何でお前、ここにいんの?」 開いたドアから現れた先輩は、明らかに僕の訪問に驚いた様子で、困惑の表情を浮かべていた。

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