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第5話
薬缶を火にかけて湯を沸かしている間、「寒かっただろう」と、先にこたつの中に入るよう促された。
キッチンから先輩が来るのを待っている間、手持ち無沙汰で何となくこたつ台の上を片付けていると…
「───あ、チョコ…」
読みかけの新聞の下から袋に入ったチョコが出てきた。
「……………」
………しかたないよね。
だって、先輩はとってもかっこいいんだもん。僕が同じ職場で働く女性だったとしても、やっぱり先輩に憧れて、バレンタインにはチョコをプレゼントしていたと思う。
だから、先輩がチョコをもらってくるのなんて、当たり前のことだ。
しかたない……しかたない……
そう自分の心に言い聞かせて、改めて問題のチョコを見ると……あれ?と思った。
何だろう……バレンタインのチョコって、こんな感じ?
こたつの上にあったのは、スーパーなんかにくるくるとロール状になって置かれているような、透明のビニール袋で……中に入っているチョコは、種類もサイズもバラバラの小さいものばかり。
金色や銀色の包み紙にくるまれて、両端をひねってとめているチョコ。サッカーボールや野球ボールの柄のアルミの包み紙にくるまれた丸いチョコ。それから定番のチロルチョコ。
……何だか「義理です」感が、ものすごーくするんですけど…
しばらくして、薬缶を手に部屋へ戻ってきた先輩が、チョコの入った袋を持つ僕を見て苦笑いした。
「何?食べたいなら食べていーぞ、それ。うちの女子社員が、付き合いでしかたなく、俺にくれたやつだけどな」
ふたを開けたカップ麺にお湯を注ぎ、残りは茶の葉の入った急須に注いでから、先輩は薬缶を鍋敷きの上に置いた。
慌てて容器の上にお皿をのせると、時計を見る。あと3分。
「別に、いらないのにさ。お返しとかするの、面倒だし」
そう言って、急須から湯呑へお茶を注ぎ分け、僕の前に置いてくれた。
「入社当初は、何だかはりきったチョコを渡されたんだけどさ…『お返しはしないから、いらない』って断って、実際ホワイトデーには誰にも何も返さなかったんだわ。そしたら誰もチョコなんて渡さなくなるんじゃないかと思って。だけど何だ、『男性社員にはみんな渡しているんだから、一人だけ渡さないわけにはいかない』だったかな……で、次の年にも同じやり取りをしてさ───んなの、どうでもいいのにな」
先輩は苦笑いして袋の中から一つチョコを取り出すと、ぽいっと口の中に入れた。
「そんなこんなのやり取りの結果、俺に渡されるチョコはこういう安ーいチョコになって……その代わり、俺もお返しなんてしない……というわけ。お前のとこは、こういうバレンタインの『お付き合い』ってあんのか?」
「ううん、ないよ。パートさんやバイト生が多いし、シフトもいろいろで会わない人も多いからかな?個人的に渡してる人はいるかもしれないけど…」
そういえば、三枝君はやっぱり女の子たちから、たくさんチョコをもらってたみたい。お返しが大変といえば大変なんだろうな。
先輩は「ふーん」と僕の言葉に相づちを打つと、袋の中からまた一つチョコを取り出して、包装紙をめくる。
「───ほら」
親指と人差し指でつまんだチョコを僕の目の前に差し出すと、先輩は「あーん」と言った。
ふぇっ?
「まだ、3分経ってないだろ?1個食べろよ」
そう言うと、さらにチョコを口もとに近づけた。
こ、これって……とっても恥ずかしいんですけどっ
口もとのチョコと、先輩の顔と、交互に見るんだけれど、先輩は至って普通の顔。あたふたしているのは僕だけで…
普段は照れ屋なのに、何で時々こういうこと、さらりとするんだろう…
───あきらめて、ぱかっと口を開くと、先輩の指が僕の口にチョコを運んでくれた。
「……………甘い、です」
これまで食べたどんなチョコよりも、甘くて蕩けそうなチョコだった。
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