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第2話

「で、結局言えなかったの?」 「………うん……」 葵君は元気のない声で返事をすると、手にしていたフォークで、タルトにぎっしりとのっている苺をつんつんとつついた。 自分で見つけてきたお店なのに、さっきから一口も食べていない。 ずっと苺を弄んでは、ため息をついている。 「別にね……ずっと一緒にいたいとか、3日ともお泊りしたいとか、言うつもりはなかったよ。まあ、そうしてもらえたら、すっごく嬉しいけど……」 「うん」 「ただね……1日ぐらい、僕と一緒にお出かけしてくれないかなあって……思っただけなのに……」 「うんうん」 「なのに、全然話も聞いてくれないんだもん……おねだりなんて、できないよ……」 「……田中さん、相変わらずだね」 苺をつんつんつつきながら、葵君はずっと下を向いている。きっと、目に涙をためているんだろう。 葵君は本当に可愛らしいし、優しいし、一途だし……恋人にするなら理想的な相手だと思う。なのにどうしてか、びっくりするほど自信のない人でもあるんだ。 そういう僕だって、自分は啓吾さんにはふさわしくないんじゃないかって思ってしまうところがあって、そのせいで啓吾さんに迷惑をかけてしまうこともあるんだけど……そんな僕の何倍も、葵君は不安症で怖がりなんだ。 「……僕も、悠希君みたいになりたい……」 「えー!僕は葵君みたいになりたいよ!?」 「僕なんて、全然いいところないよ……悠希君は長谷川さんに愛されまくってるじゃない。そういうの、うらやましい……」 「愛され…って…田中さんだって、十分葵君のこと大事にしてると思うよ?」 「そんなことないよ……僕が離れたくなくてひっついてるだけだもん。一人のほうが、楽なのかも……」 「それはないよ!だって一昨日は、会いに来てくれたんでしょ?」 「……うん」 「僕はもう2週間、一度も啓吾さんに会ってない」 「え?」 「会うどころか、電話もメールもしてないよ……今、啓吾さん忙しいから……邪魔したくないんだ」 去年の今頃、大学生になって初めての春休みにうかれていた僕は、3月は忙しいという啓吾さんの話を忘れて、つい用事もないのに電話をかけてしまったことがある。 中身のない、かける必要のない電話に付き合わされた啓吾さんの声は、怒っているような……うんざりしているような……聞いたこともない声のトーンだった。 電話を切ったあとでそのことに気づいて……社会人の恋人と付き合うなんて、まるで大人になりきれない自分にとっては無理なんじゃないかと、自分でした失敗なのにちょっと落ち込んでしまった。 それから、ますます自分に自信がなくなって……啓吾さんに言いたいことも言えなくなって……で、結局逃げた。 『自分はもう愛されていない』という不安から。 1ヶ月離れている間に、やっぱり啓吾さんのことが忘れられなくて……ありがたいことに、啓吾さんも同じ気持ちでいてくれて……やり直せることになったんだけど、やっぱりわがままは言えない。 ……特に、この忙しい時期には。 「だからわざわざ会いに来てくれるなんて、田中さんは優しいし、やっぱり葵君のこと、好きなんだと思うよ?」 「……………」 「啓吾さんは会いになんて来ないもん」 「………悠希君……」 葵君の眉がハの字になってしまった。 しまった、励ますつもりだったのに……一緒に落ち込ませてしまってる。 顔を上げて、平気だよと分かるように笑うと、僕から提案する。 「じゃあ、もし田中さんが葵君をかまってくれないんなら、僕と一緒に遊ぼう!僕も、バイトを休みにしてもらいます!」 来月のシフトはまだ決まっていないから、すぐに連絡すれば、まだ希望が通るはず。 田中さんがこのままほっとくとは思えないけれど、一応の保険として、僕のスケジュールも空けておこう。 「え?悠希君が付き合ってくれるの?」 「もちろん!葵君の家にお泊りしてもいい?僕、啓吾さんと付き合いはじめてから、友達の家に泊まったことないんだ」 「僕も!一人暮らしをしてから、先輩以外の人が泊まりに来たことないよ。じゃあ、一緒にご飯とか作ろうか」 「うん!僕、楽しみです!」 「僕も。僕も楽しみ!」 そう言って葵君は、つついてばかりだった苺をフォークで刺すと、ぱくりと食べた。「ちょっとすっぱい」と言って微笑んだ瞳は、やっぱり涙で潤んでいた。

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