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第3話

昼飯に誘ってきた田中は、何だかいつもと様子が違っていた。 今現在尋常じゃなく仕事が忙しいせいで、のんびり社外に食べに行く暇はない。ここ最近は社員食堂を利用することがほとんどだ。 今日も社食のAランチを注文して受け取ると、なぜか田中は一番奥の周りに人が少ない席に座った。 いつもは入口に近いところに座って、食ったらさっさと出て行くのに。 「何だよ。何か悩みごとか?」 わざわざこんな隅を選んだからには、人に聞かれたくない話でもするつもりなのだろう。 ってことは差し詰め、葵君のことか? 時間がもったいなくて、ランチに箸をつけるとさっそく話を切り出した。 「悩みごとというか……頼みというか……相談というか……」 「何だよ、煮え切らないなあ。とりあえず言ってみろよ」 「あー……お前、一緒に旅行に行かないか?」 「───はい?」 旅行? 一緒に? 意味が分からなくて田中の顔を見ると、何だか照れてて顔が赤い……気持ち悪いんだけど。 「俺が?お前と?」 「あ、いや……俺と葵と、お前と高瀬君の4人で」 「あー……そういうこと」 何だ、びっくりした。 あまりにいきなりすぎて、気持ち悪いこと想像するところだった……でも、なんでまたいきなり…? 「来月の中旬、葵の職場の都合でさ、週末に連休がとれるらしいんだよ。あいつの職場、土日とか関係ないから、こんな休みは貴重なんだ。だから、旅行にでも連れて行きたくて」 携帯を取り出して操作すると、こちらに差し出した。 「『湯之露温泉・離れの宿翡翠』……温泉旅館か」 「葵がさ、本棚に並べてる雑誌の中で、この旅館のページにぺたぺたと付箋貼ってたんだよ。全部の客室が離れになってて和風モダンな造りでさ。露天風呂も備え付けなんだと」 「へー……わ、結構高いな」 「1泊2食付きだしな。で、調べたら昨日の段階で1室空いてたんだよ」 「ふーん……っていうか、それなら二人で行ったほうがいいんじゃねーの?」 せっかくの連休なんだろ? 二人でしっぽり温泉宿……なんてのが、いいんじゃないか?恋人なんだし。 「この温泉は交通の便が悪くてさ……車じゃないといけないんだよ。俺、車持ってねーし……お前は持ってるだろ?だから車出してほしくて」 「なら、レンタカー借りればいい話だろ」 「まあ、そうなんだけど……ほら、葵はお前んとこのと仲いいしさ」 『お前んとこの』って……まあ、悠希は俺のだけど。 仲はいいけど、だからって急に4人で旅行ってなるか?日帰りで出かけたこともない組み合わせで?……ってことは。 「もしかしてだけど、お前さ……不安なんじゃねーの?」 「何が、だよ」 「何かさ、また失敗して旅行中なのに葵君とうまくいかなくなったときには、悠希に何とかしてもらおうって思ってねーか?」 「そっ……んなこと、ねーよ」 「……………」 図星か。 全く、分かりやすい奴め。相変わらず不器用というか何というか……そんな場所に行ってまで、何でもめるとか思うかね? 何だか都合よく悠希を使おうとしてるのは腹が立つけれど……まあ、俺たちだってそういえば、旅行なんて行ったことないよな。 離れの宿で温泉ね…… ……浴衣を着る悠希…… ……温泉につかる悠希…… ……湯上りの、ほてった悠希……うん。萌えるわ。 「分かった。一緒に行くよ」 「ホントか!?やった!恩に着るよ」 田中は心から感謝しているようだったが、俺の脳内はもう、悠希と一緒に過ごす温泉のことでいっぱいなのだった。

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