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第4話

忙しい日々の中、次に先輩が僕の部屋を訪れたのは、1週間後のことだった。 ちょっと遅い時間の訪問で、やっぱり仕事が大変なんだと思う。それでも僕のところに来てくれるんだから、本当に感謝しなくっちゃ。 いつものようにご飯を食べて、お風呂に入って…最近は、その…夜はそのまま寝ちゃうんだけど、疲れてるんだから仕方ない。 「先輩、お茶どうぞ」 テーブルにマグカップを置くと「うん」という気のない返事……何だかいつもと違う。 やっぱり無理してきてくれたのかな。何だか申し訳なくなって、居心地が悪くなる。 「あ、のさ……この間言ってた、休みのことだけどさ…」 休み…?……あ… 先輩の言葉を聞いて、はっとした。 いつもと様子が違うのって、このせいかな? もしかして、一緒に過ごせないっていうの、心苦しく思ってくれているのかな…? だとしたら、それは気にしすぎでっ。ちゃんと誤解をとかなくっちゃっ。 「───あのっ、大丈夫だよ!」 「………は?」 「ただのお休みだしっ。大掃除とかしようかなって。実家に帰って母さんに会うのもいいし、読みたい本もたまってるし!」 「………ああ……」 「悠希君とね、会おうかって話もあるの。新しい料理にチャレンジしてみてもいいよねっ。やりたいことがいっぱいで、3日なんて、きっとあっという間に過ぎちゃうよ」 「……………」 「……だから…僕のこと、気にしないでも大丈夫……気をつかわなくっても、僕は平気だよっ」 ……本当はね。 せっかくのお休みだし、先輩と一緒にいたい。 何か特別なことをしてほしいわけじゃないの。 ただ朝から晩までそばにいて、僕の心をいっぱいに満たしてほしい。すれ違ってばかりで一緒にいられなかった時間を、今からでも取り戻したいから。 ……でも、それは無理なんだ。 だってこの前、ちゃんとお願いできなかったから。僕の一番したいことは叶えてもらえるわけない……それくらいちゃんと分かっている。期待したってダメなんだ。 それに離れ離れはね、慣れてるんだ……ちょっと悲しくて涙が出ることがあるかもしれないけれど、でも先輩のためなら我慢する。負担になんて、なりたくない。 うん。だから大丈夫。一緒にいられなくっても、平気だよ?気にしないで? 「……平気だよ……」 嘘つきな僕の口は、本当の気持ちとはうらはらな言葉を繰り返した。 ……それが一番いいのだと、先輩のためだと思ったから。 「─────平気、なのか?」 ………え? 先輩が、なぜか下を向いたまま僕に問いかけてきた。 「うん。平気だよ」 「………本当に平気なのか?」 「……うん。先輩は自分のことを一番に――」 ───ガタン! テーブルが大きな音を立て、先輩はすくっと立ち上がった。 マグカップが揺れて、少しこぼれたお茶がテーブルを濡らす。 「───お前は、俺がいなくても平気なんだな」 「え?」 「だからっ、お前は俺と一緒にいなくても平気なんだな!」 「───先輩?」 びっくりして名前を呼んだけれど、先輩は僕の顔を見てくれない。 耳に入ってきたのは、怒っているような、悲しんでいるような……聞いたこともないトーンの声だった。 「もういい。俺一人張り切って、馬鹿みたいだ………もう寝る」 そう言うと、ぽかんとしたままの僕を一人残し、先輩は寝室に入ってしまった。 あとに残された僕は、一人身動きが取れなくなってしまった……

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