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第6話
音を立てないようにそうっとドアを開けると、寝室の電気は消されていて常夜灯だけがついていた。
ベッドの上には大きなかたまりが一つ。先輩が頭からすっぽりと毛布を被って、丸まっている。
「………先輩……」
「……………」
そっと、声をかけてみるけれど返事はない。
まだ寝てはいないはずだ……そんなに時間はたっていないし……
「………先輩、起きてるんでしょ?」
「……………」
「先輩っ」
「………俺はもう寝てる」
毛布にくるまったまま、こちらを見ることなく先輩が言った。
怒ったような声で、寝てないのに『寝てる』って……やっぱりもう、嫌われちゃったのかもしれない。
そう思うとますます苦しくて、手が震える。
「あのね、先輩……僕……」
「いいよ、もう。お前は一人で平気なんだろ?」
そう言って先輩は僕の言葉をさえぎった。「お前が平気なら、俺もそれでいい」と、ますます身体を丸くする。
「……………」
僕には返す言葉もない。
だって『平気だ』と先に言ったのは、僕だから。僕が言い出したことだから。
でも……でも……
「………平気じゃ、ない……」
「……………」
「………平気、なんかじゃ…ないもん……」
「……………」
「……………平気……じゃ……な……」
「……………」
何度声をかけても、先輩の返事は返ってこない。
僕の気持ちは伝わらない。
……寂しい。
おんなじ部屋の中にいるのに、こんなに遠くて……おんなじ部屋にいるのに、こんなに切ない。
涙がじわじわあふれてきて、体がとても冷たくって。
こんなことしたらきっと、嫌がられると分かっているのに……僕は先輩の許しも得ずに、ベッドの端に……先輩の横に転がった。
「…………!」
「……………」
毛布にくるまる身体に触れることはできなくて……息をひそめて、ただじっとする。
これ以上近づいたなら嫌われて、離れていってしまうかもしれない。だから、横にいるのに……もう1センチだって近づけないんだ。
でも……でも、そばにいたい。
また一人ぼっちになるのは『平気』じゃないから……
それからしばらく。
僕も先輩も、どちらも黙ったまま。
目の前に見える大きな毛布のかたまりは動くことはなくて。
そういえば2年ぶりに仲直りした夜も、こうして二人、ベッドに転がってたっけ……
ちょうど今と反対で、僕が毛布を被ってて、先輩はそんな僕を毛布の上からぎゅっと抱きしめてた。
毛布にくるまりながら、僕の頭はぐちゃぐちゃで……先輩のこと『嫌い』って嘘をついて、やっぱり今みたいに怒らせたんだった。
あれから3カ月以上たつのに、僕はちっとも進歩してない。
僕にはあのときの先輩みたいに、ぎゅっと抱きしめる勇気がない。どんな反応が返ってくるか、不安で仕方ないんだ。
だったらせめて……せめてもう少しだけでも、近づきたいから……
そうっと手を伸ばすと、こちらに向かって広がっていた毛布の端をぎゅっとつかんだ。
毛布の温かさが手のひらに伝わった途端、先輩の腕の中に包まれたときの温かさが思い出されて……じわじわとたまっていた涙が溢れて、前が何にも見えなくなって……思わず目を閉じる。
「……………好き…」
聞こえるはずもない、小さな声。
それでもかまわない。
「…………好き…………好き……」
もう二度と、先輩に言えなくなるかもしれないと思ったら、想いが溢れだすのを止められなかった……
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