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第7話

かっとなりやすいのは、俺の短所だ。それは自覚がある。 で、子どもみたいにすねてしまうのも、俺の悪いところだ。それも自覚がある。 でも今回は多少、葵だって悪いと思うんだ。 ……『僕のこと、気にしないでも大丈夫』って何だよ。 『気をつかわなくっても、僕は平気』って何だよ! 俺は別に気をつかって葵を旅行に連れて行こうとしてるんじゃない。俺だってあいつと一緒にいたいし、喜んでる顔とか、見たいんだ。 なのに自分のことは気にしないでもいいって、一人でもいいってさ。お前はこんなめったにないチャンスに、俺と一緒にいなくても平気なのかよ! ……で、抑えきれない感情のままに動いた結果がこれだ。 俺はみっともなくすねて、一人頭から毛布にくるまってふて寝。せっかく旅館の予約がとれて、長谷川たちも誘うことができて……今日はいよいよ葵に計画を伝えようと思っていたのに、大失敗。 喜ぶ顔どころか、困惑してびっくりした顔しか見れなかった。 何やってんだよ、俺! つーか……どうすればいいんだ、これから。 思わずふて寝したのはいいけれど、このあとのことなんて全く考えてもいない。 まさかこのまま葵をほっといて、本当に寝るわけにはいかねーし…… どうすることもできず、頭を抱えて壁を向いたまま寝転がっていると、ぺたぺたと小さな足音が聞こえてきた。 ……あー、また裸足で歩いてやがる。風邪ひきやすいんだから、靴下かスリッパか、なんでもいいから履けっていつも言ってんのにっ。 注意の一つでもしてやろうかと、口を開こうとしたとき、葵の声が聞こえた。 「………先輩……」 「……………」 ひどく震えた声だった。泣くのを我慢しているような。 あまりにも寂しい声に胸が痛んで、開いていた口から言葉が出ない……俺、また、こいつを悲しませてるんだ。 「………先輩、起きてるんでしょ?」 「……………」 「先輩っ」 「………俺はもう寝てる」 毛布にくるまったまま、葵を見ることなく返事をした。 寝てないのに『寝てる』って……馬鹿みたいな返事。 こんなこと言ったらますます泣かせるって分かってるのに、素直に話を聞いてやれない。 「あのね、先輩……僕……」 「いいよ、もう。お前は一人で平気なんだろ?」 葵の言葉をさえぎる。 「お前が平気なら、俺もそれでいい」 「……………」 何が『俺もそれでいい』だよ。本当は一緒に出かけたいくせにさ。30手前の男が年下の恋人にすねて、意地を張って、情けない。 あー…もー…さすがにこれは、嫌われたかもな。 なんてちっせー男だと、愛想つかされたかもしれない。 そう思うともっと胸が苦しくなって、ぎゅっと身体を丸くした……ホント、子どもみてー…… すると、また葵の小さな声が聞こえてきた。 「………平気じゃ、ない……」 「……………」 「………平気、なんかじゃ…ないもん……」 「……………」 「……………平気……じゃ……な……」 「……………」 返す言葉が見つからず、黙っていたら次第に葵の声が小さくなっていった。 ……もうさ、いい加減目を覚ましたほうがいいんじゃないか? どう考えたって、俺と一緒にいたって幸せにはなれないよ。 俺みたいな鈍い奴じゃなくてさ、もっと気のきいた……ちゃんと相手の気持ちを汲んでやれるような、優しい恋人を見つけたほうが幸せになれるんじゃねーの? もうそろそろ、こいつの手を離してやったほうが……きちんと別れてやったほうがいいのかもしれない……うすうすそれは感じているのに、どうしても俺はこいつの手を離せずにいる。 何だかんだ偉そうなこと言ったって結局、俺は自分の幸せが一番なんだ……情けない。 そんなことを考えてばかりで、じっと動けずにいると… 「…………!」 「……………」 ベッドが大きく揺れ、背中を向けて転がっていた俺の隣に、葵はころんと転がったのだった。 ………って。何だ、この思ってもなかった展開! 思ってもなさ過ぎて、このあとどうしたらいいのか分からない。大混乱だ。 葵は俺の横に転がったまま……じっと息をひそめて動かない。俺は俺で、どうすればいいのか……どうするのが正解か分からなくて動けない。 困った……本当に困ったぞ…… それからしばらく。 俺も葵も…どちらも黙ったまま。 背中に存在は感じるけれど、動くことはなくて。 ……分かってる。 こんなとき、先に動かなくちゃいけないのは俺のほうだ。 葵は怖がりで、不安ばっか抱えてて、こうなってしまった以上、自分から動けるはずがないんだから。 でも……どーすりゃいいんだ? 俺が先にすねて、ベッドに籠城して……で、こんなことになってるっていうのに……どうしろって言うんだよ…… ここは俺が謝るべきか…? でも、何て言えばいいのか分からん……俺には難易度が高すぎる!! 毛布にくるまったまま、またぐるぐると悩み始めたそのとき……俺の耳に、小さな小さな声が聞こえてきた。 「……………好き…」 毛布を被った俺に聞こえるか聞こえないかの、かすかな声。 そんな葵の小さな声に、俺の胸はぐっと苦しくなる。 「…………好き…………好き……」 こんな切ない声、何で出させてるんだよ…… 葵のことが本当に好きで、幸せにしたいって思ってるのに……何でいつもうまくいかないんだ…… もう、自分で自分が嫌になる。 頑張ってはいるつもりなのに、このねじ曲がった性格と行動は何でか治らない。 何だかもう、やけくそな気持ちで毛布から出ようと思ったそのとき… 「…………好き…………す───くしゅん!」 ……くしゅん? って、おい! 「バカ!お前、くしゃみしてるじゃないか!」 慌てて毛布から顔を出して、ぎょっとした。 俺の横に転がっていた葵は毛布も掛け布団も、何ひとつかぶっていなかったのだ。 春先とはいえ、夜はまだまだ寒い。こんな格好でいたのなら、くしゃみをするのも当然だ! 急いで自分の毛布に引き込んでからぎゅっと抱きしめると、葵の身体はぞっとするほど冷たくなっていた。 「………何やってんだよ……風邪ひいたらどうすんだ…」 腕の中にすっぽりとおさまった葵は小さく震えている。それが寒いからなのか、泣いてるからなのかは分からない。 少しでも温まるように背中を撫でてやると、葵の手が恐る恐るといった感じで俺の背中に回された。 葵の手が俺の服をぎゅっと掴んだのを感じると、ほっとして葵の髪に顔をうずめる。その髪もちゃんと乾いていなかったのか、ひんやりと冷たい。その冷たさに、また胸がえぐられるように痛む。 この冷たさは、俺のせいだ。 「………葵……俺と一緒に旅行、いくだろ?」 俺に出せる中で、なるべく一番優しい声で、葵に尋ねる。 すると葵は俺の腕の中で、うんうんと頷いた。 「………一緒に温泉も、入ってくれるか?」 また、葵はうんうんと頷いた。 それを見て、ほっとして……何だかこちらまで泣きたい気持ちになる。 葵の額にそっと口唇を寄せると、「ごめんな」と謝ってからキスをした。 ぴくっと身体が震えて、顔をこちらに向けた葵の目は、真っ赤になって潤んでいて……それでもふわりと笑顔を浮かべると、お返しに葵もキスをしてくれた。 その晩はいつも以上に、二人ぴったりとくっついて眠った。 目が覚めたときに見た葵の寝顔がとても穏やかでほっとした、けれど……その晩に再確認した自分の不甲斐なさと自信のなさは、このあとも俺を苦しめることになるのだった。

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