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第11話
大学の講義が終わると、そそくさとノートや教科書、筆箱をバッグにしまう。
携帯の画面で時間を確認すると、10時10分。僕の気持ちをよんでくれたのか、講師の先生は予定時刻より早く講義を終わらせてくれたのだった。
「じゃ、先に出るね。また月曜にっ」
隣の席で一緒に講義を受けていた貴志に声をかけると「お土産よろしくー」と手を振った。
苦笑しつつ講義室を出て、廊下を急ぎ足で通り抜けると外に出る。
空は澄み切っていい天気!絶好の旅行日和だ。
大通りに出るために、講義棟横の桜並木を走る。少し前まではきれいに花が咲いて、人でにぎわっていたけれど、今はすっかり花も散って新緑がまぶしい。
並木道を抜けると公道に出て右折。しばらく行った先の信号を渡ると、待ち合わせ場所のコンビニだ。
信号待ちをしながら、駐車場に啓吾さんの車が止まっているのを確認。思わず頬が緩んじゃう。啓吾さんは約束の時間よりも早く来てくれていた。
信号が青に変わって、横断歩道を渡ると到着!
「お待たせし───っ!?」
勢いよくドアを開けると、運転席に座った啓吾さんが「しー…」とまっすぐに伸ばした人差し指を口唇に当てた。
ん?なんで?
不思議に思っていると、啓吾さんが後部座席をちらり。つられてぼくも後ろを見ると…
「……………あ」
後ろの座席には優しい顔で微笑む葵君と、その膝に頭をのせて熟睡している田中さんがいたのだった。
「……田中さん、どうしたの?」
起こさないように静かに車に乗り込んでシートベルトを着ける。「これ悠希の分」と啓吾さんが差し出してくれたペットボトルのお茶を受け取って、お礼を言って……車が走り出したところで訊いてみた。
「こいつ、昨日は急な残業だったんだよ。同僚のミスをフォローしなくちゃいけなくなってさ」
「終電にも間に合わなくってね。日付が変わってから帰ってきたんだよ」
「えー……大変だったんだね……だから寝てるんだ…」
「車に乗って5分もたなかったね。つついても揺らしても起きないの」
「休日出勤は絶対にしたくないからって、結局ほとんど一人で仕事をこなしたらしいからね。まったく、無茶するやつだよ」
「……そんなハプニングがあったんだ。大人って大変……」
「二十歳なんだから、悠希君だってもう大人じゃない。学生だって忙しいでしょ。今日だって講義があったんだし……でも、今回一番頑張ったのは、間違いなく先輩だね」
そう言って、田中さんの髪を、頭を、優しく優しく撫でる。
「……僕のために頑張ってくれたんだ……」
膝枕をしてあげてる田中さんを見つめる目は本当に幸せそうで、何だか僕の知らない葵君を垣間見たみたいで、ちょっとドキドキした。
しばらく車を走らせると、高速道路の入り口に着いた。そこでちらりと後ろの座席を見ると…
「葵君も寝てる」
田中さんを膝にのせたまま、葵君も眠っていた……しかも同じく熟睡っぽい。
「……田中が仕事から帰ってくるまで、葵君もずっと起きてたみたいだよ」
「ずっと?終電に間に合わなかったって言ってたよね?」
「そう。その間、一睡もしてないみたい。こいつが働いてるっていうのに、自分だけ寝るなんてできなかったんだろうね」
「……なんだか、葵君らしい」
「本当だね……あ、これは田中には秘密な。田中は葵君に『先に寝てろ』って言ったらしいから」
「……それも、田中さんらしい」
「はは。本当だな……でも、おかげで俺たち、二人きりみたいでいいだろ?」
そう言って啓吾さんはいたずらっぽく笑った。
……本当だ。二人でドライブしてるみたい。
「遊園地以来だね。二人でお出かけするの」
「ね。また悠希と出かけることができて、嬉しいよ」
「僕も!この前みたいに、たくさん思い出作ろうね!」
「ああ。楽しみだな」
わくわくしている僕と啓吾さんの間で、バックミラーに下げていたイヌのキャラクターのキーホルダーがゆらゆらと揺れた。
そうだ。お揃いで買うものも探さなくっちゃね、啓吾さん。
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