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第18話
「ああああああああ!気持ちいー!」
昼間から温泉に入るなんて贅沢なんだろう!
大急ぎで身体を洗って露天風呂に入った僕は、あまりの気持ちよさに思わず喜びの声を上げた。
乳白色の湯は熱すぎずぬるすぎずの、僕の好みの温度。普段は一人暮らしということもあって、風呂は沸かさずシャワーで済ますことが多い。だから、こんなにゆったりとお風呂に入るなんて久しぶりだ。
「あ、本当だ。いい湯加減だね」
遅れて内風呂から露天風呂へと出てきた葵君は、そっとつま先をつけてから嬉しそうに言った。そしてゆっくりと身体を湯に沈めると、「うーん」と足を前に目いっぱい伸ばした。
「やっぱり、家でお風呂に入るのとは違うね。足を伸ばしても当たらないし」
「ね!こんなにのんびりとお風呂に入るの、久しぶり!」
露天風呂は大きめの石を組み合わせて作られていて、その中でもあんまりごつごつしていない辺りに、二人で並んで座った。
適度な温かさの湯にこれまでの疲れが溶け出すようで、力が抜けていく。ちらりと横を見ると、葵君も目を閉じて温泉を満喫しているようだ。
そんな葵君を見ていて気づいた。
「あ。葵君って、すっごく肌が白いんだねー」
水面から出ている肩の辺りの色が、透けるように透明な肌色をしている。
「……え?そうかなあ?」
葵君は不思議そうに小首をかしげて、湯から腕を上げて二の腕の辺りをさする。その部分は温まっているからか、ほんのり桃色に染まっていた。
僕の二の腕も並べて比べてみたけれど、やっぱり白くてしみも傷もひとつもない。
「そうだよ、すっごく綺麗……うらやましい」
「そう?そんなことないと思うよ。大体悠希君だって、お肌すべすべでうらやましいし」
そういって並べていた僕の二の腕を触ると「ほら、つるつるだもん」と何度も撫でた。
さわさわと優しく撫でられて、何だかくすぐったい。
「そんなの、言われたことないけど」
「僕だって『肌が白い』なんて、言われたことないよ。きっと、仕事も休日も家にばかりいるから白くなったんだろうね」
「僕だってただ、この中で一番年下だから、肌の感触が違うのかも」
「うーん……きめも細かいし、若いからってだけじゃないと思うけれど。まあ、そんな悠希君の肌にいつでも触れるんだから、長谷川さんは幸せだね」
肌に触れる、とか……何だかどぎまぎする表現。
「葵君だって、いつも服で隠れてる部分とかは、田中さんにしか見せないんでしょ?田中さんも幸せだと思うけど」
「うーん……『今のところは』そうなのかな」
「え?『今のところは』?」
「うん。今のところは」
葵君の返事は「そうだよ」だと思っていたのに、全然違う言葉が返ってきた。
何といえばいいか、返事に困ってしまう。
「何でそんなことを言うの?何だかそんなの、悲しいよ」
「だって、先輩の気持ちがいつ変わるは、僕にはわからないから……いつかもしお別れすることになったら、肌を見る人なんていなくなるね」
「……………」
何だかとっても寂しい話をし始めた葵君。その姿が何だか、まだ田中さんを信じ切れていないみたいで苦しい。
聞いている僕まで切なくなってきて……思わず湯につかっている葵君の左手をぎゅっと握った。
葵君はびっくりしてこちらを向いたけれど、握った手は離さない。
「大丈夫、ずっと一緒にいられるはずだよ」
「………そうかなあ?」
「そうだよ!僕の言葉を信じてみてよ!」
「……………うん」
葵君は何だか納得してはいないようだったけれど、僕の手をぎゅっと握りかえしてくれたから……ちょっとほっとした。
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