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第20話

二人で外に出ると、なんとはなく母屋のある方向に向かって歩き始めた。 庭のあちこちには躑躅の花が植えられている。時期が早いからか、まだ五分咲き。でも赤や紫、白の花びらが鮮やかだ。足元に咲いているタンポポやムラサキカタバミ、カタクリの花などの庭に根付く草花も、わざと残されているのだろう。野趣あふれる空間になっている。 玉砂利の敷かれた道を歩きつつ、いくつかの分かれ道を辿ると、大きな池にたどり着いた。 「葵君、見て見て!大きな鯉がいるよ」 「ホント、大きいね。何匹くらいいるのかな?」 悠希君が指をさしたほうを見ると、大きな錦鯉が何匹も悠々と泳いでいる。 水面に大きな口を開けてぱくぱく。何だかかわいい。 きょろきょろと周りを見てみると…あ、発見。 池のそばに置かれている縁台の横に、鯉のエサが売っていた。持っていた小銭入れから硬貨を取り出して置かれていた箱に入れると、エサの入っている袋を一つ手にとる。 「悠希君、これ。鯉が集まってくると思うよ」 買ったばかりのエサの袋を差し出すと、悠希君は大きな目をさらに大きくして驚いて… 「ありがと、葵君!」 満面の笑みでお礼を言うと、袋を開けてエサをまいた。 その途端、勢いよく鯉が集まってきてバシャバシャと水音を立てて大騒ぎ。それを見て僕たち二人も大盛り上がり。 二人で交互にエサをあげると、あっという間に一袋は空になってしまった。 「ねえ、悠希君。ちょっとこっちに気になるものがあるんだけど…」 エサを買いに縁台のそばにいったとき、反対側に見つけた気になるものがあって。ちょっと悠希君に見せてみたくて。手を引いて縁台に向かうと… 「何これ?卵?」 竹の筒から水が手水鉢に注がれていて、その鉢の中には数個の卵が入れられている。よく見ると注ぎ込まれているのは水ではなく、お湯……温泉水? 「……温泉卵、ってこと?じゃあ、中は半熟?」 「でも、お塩はあるんだけど、器も匙も何にもないんだよねー…」 横にはお金を入れる箱と穴あきお玉、和紙に包まれた小分けの塩は置いてあるけれど、食べるための容器は何もない。半熟だったら、食べれないよね。 「うーん……気になるけど、ちょっと怖いね」 「ね。気になるよね?悠希君、食べてみてよ」 「え!?僕!?」 「……………」 「……………」 「一緒に食べてみようか」 「うん」 箱にお金を入れて卵をひとつずつとると、縁台に座った。ちょっと行儀が悪いけれど、縁台の角でコンコンとひびを入れると「せーの」で割ってみた。 「………あ」 「………うん。ゆで卵、だね」 あんなにびくびくしながら割ったのに、中身はちゃんと固くなっていた。軽くゆでてから手水鉢に入れているのだろう。 何だかあっけない結果におかしくなって、二人でひとしきり笑うと、一緒にぱくりと卵を食べた。 「黄身は結構とろっとしてるね」 「ね。僕はこのくらいが好きかも」 「僕も。そういえば先輩は固ゆでの卵は食べられないんだよ」 「へー。どうして?」 「なんかねえ。食べてると口の中の水分がなくなって、もそもそするから嫌なんだって」 だから先輩は、ゆで卵は絶対半熟派なんだ。不思議なんだけど、固ゆでは嫌いなのに、半熟だったら逆に大好きになるみたい。 ……でも一緒にラーメンを食べるときは、中身が半熟だとしても、絶対僕に煮卵を分けてくれるんだ。僕が煮卵好きだって知っているから。 「悠希君」 「ん?」 「そろそろ、部屋に戻ろっか……僕、先輩に会いたくなってきちゃった」 ……先輩のことを思い出したら、やっぱり会いたくなってしまった。きっともう、お風呂だって上がってると思うし…… 「うん、帰ろっか。僕も啓吾さんに会いたい」 優しく笑って立ち上がった悠希君はとても年下とは思えないくらい頼もしくて。仲良くなれてよかったなって、心から思った。

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