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第21話
最近仕事が忙しかったからか、肩も腰もバキバキにこり固まっていて、温泉につかると身体のこりがほぐれていくのが分かった。
普段は長風呂はしないのだが、あまりの気持ちよさについウトウト……気づけば長い時間、葵をほったらかしにしてしまったようだ。脱衣所に置かれていた時計を見て、青くなる。
あいつのことだ。怒ったりはしない。いや、怒ってくれた方がましだろう……きっと、しょんぼり待っているに違いない。
慌てて身体を拭いて、ざっと髪を乾かして、浴衣を身につけると和室に急いだ。がらりと閉まっていた障子を開けて中に入ると、
「あれ?葵は?」
和室には長谷川が一人。葵はそこにいなかった。
「ああ、悠希と一緒に散歩中。お前が風呂に入ってしばらくしたら出て行ったぞ」
長谷川はいじっていた携帯の画面から目を離すことなく、返事をした。
……何だ…俺がいなくても、平気じゃないか……
安心したんだか、残念なんだか。少し複雑な気分で座椅子に座った……って、「複雑」って何だよ。
「3人でここにいるのが微妙だったんだろうな。葵君、気を遣って外に出ようとみたいだけど……悠希が散歩好きって知らなかったんだろうな。『僕も行く!』ってついて行ったよ」
置いてきぼりを食らった男は、残念ではあるけれどそんな恋人が可愛くて仕方ないという、何とも見られたものではないデレデレした表情を浮かべていた。
「そうか……そりゃー、悪かったな」
長谷川は苦笑しながら「いいよ、別に」とさらりと言う。
「悠希と葵君、話に聞いていた以上に仲良くなってるんだな。二人ともにこにこ楽しそうに出かけたぞ」
「ふーん」
「誘われたときは俺たちお邪魔かなと思ったけれど、こうして4人で出かけるのもいいな。まあ、もちろん、お前ら二人で旅行しても、それはそれで楽しかっただろうけれど」
「……いや」
「ん?」
「やっぱり、二人きりじゃなくてお前らを誘って正解だったよ」
「……………」
「俺一人だったら……泣かしてたかも」
「………は?どうしたんだ、お前」
呆れた声で返すと、長谷川は手にしていた携帯をテーブルに置いた。
「『泣かす』って、何でそんな後ろ向きなこと言ってんだよ。葵君、お前と一緒にいるだけで、嬉しそうにしてるじゃないか」
「………本当に、そう見えるか?」
「お前、何言ってんの?」
「だから、本当に嬉しそうに見えるか?どこかさ、寂しそうにしてるとか、思わないか?」
「思わねーよ!だから、『嬉しそうにしてる』って言ってるだろ」
「………そう、か」
本当に嬉しそうか?俺なんかといても?
俺と一緒にいるとき、あいつはしょっちゅう泣いている。遠慮ばっかりしてて、言いたいことも飲み込んでばかりだ。
「好きだ」って何度も伝えてるのに、一向に信じる気配がない。
そんなのが、本当に嬉しそうに見えるのか?本当に幸せなのか?
だとしたら……
「……………」
「お前、何か余計なこと考えてないか?」
「……………」
「……………」
「………長谷川」
「何だよ……」
「………俺、そろそろ葵と別れようと思う」
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