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第22話

帰ろうって決まると、打ち合わせたわけでもないのに、二人とも自然に早足になっていた。お互い、すこしでも早く恋人に会いたいからだと思う。 そうなると、玉砂利の道は歩きにくくて。しかも僕たち、浴衣に合わせて玄関に用意されていた下駄を履いていて。何度か足をとられそうになったけれど、何とか二人とも転ばずに離れまでたどり着いた。 玄関の引き違い戸を開ける前に、葵君が振り返って言った。 「ねえ、悠希君。そうっと入って、二人をびっくりさせちゃおうよ」 葵君がいたずらっぽく笑う。そんなことを葵君が言い出すなんて意外で……やっぱり、旅の解放感かな? 何だか僕もそのいたずらにのりたくなって、返事はせずにうんと頷いてみせた。 ゆっくりゆっくり玄関の戸を開けると、一人ずつ静かに玄関に入る。 そーっと下駄を脱いで、段差を上がり廊下を通って和室の前に着くと、二人が話をする声がもれていた。葵君と目を合わせると、右の人差し指を立てて唇に当てた。 『しぃー……』 手を伸ばして、和室に続く障子の引き手に手をかけたところで、田中さんのはっきりとした声が、廊下の僕たちにも聞こえた。 「………俺、そろそろ葵と別れようと思う」 え? 何?今の…… 聞こえた言葉の意味が分からなくて、葵君の顔を見ると……葵君は困ったような笑顔で僕を見た。 そして、口唇だけで僕に言葉を伝えると、びっくりするほどの勢いで外へと飛び出していった! 「葵君!!」 一瞬和室に続く障子を見たけれど……ダメだ。この人はあてにならないっ。 あわてて玄関の方に向き直ると、僕は葵君のあとを追いかける。 突然の出来事に何だかわけが分からないし、考えがついていかないけれど、それでも今は葵君をひとりにしちゃいけないと思った。 だって、葵君の口唇は確かに「ごめんね」と動いたんだ……葵君は何にも悪くないのに!

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