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第23話

スタートに出遅れてしまったせいもあって、玄関から飛び出した時にはもう葵君の姿はなかった。 いつもはあんなにおっとりしているのに、実はとても足が速いみたいで。どうしよう。もうすでに見失ってしまった! だからといって、このままここに立っていても仕方がない。待っていても、葵君は、もうここには戻ってこない。そんな予感がする。 だって……葵君は田中さんを……本当に大切な人を失ってしまったのだから。 どこに行ったのかは分からないけれど、それでもじっとはしていられなくて、僕は玉砂利の道を当てもなく走り出した。 僕のこと、いつも褒めてくれて、励ましてくれる葵君。 啓吾さんに愛されている僕が羨ましいと言った葵君。 「一緒にいて」とおねだりできなくて、涙目になって苺をつついてた葵君。 田中さんを膝枕しながら幸せそうに微笑んでた葵君。 いつだって優しくて、いつだってかわいくて、いつだって田中さんだけを一途に思ってるのに……何でこんなことになっちゃうの? 葵君の名前を呼びながら、あちこちを走り回って……もしかしたらと、すがるような気持ちで池の方向に足を向けた。 だんだん日が翳ってきた。そろそろ見つけないと……祈るような気持ちで木立を抜けると……そこに、いた。 葵君は僕と一緒に卵を食べた縁台に座って、じっと自分の手を見ていた。 「……………葵君」 そっと声をかけると、葵君がゆっくり顔を上げた。そして「見つかっちゃった」と、こっちが泣きそうになるくらい明るい声でつぶやいた。 「葵君、帰ろ?」 縁台に座る葵君の前に立って、手を差し伸べる。 「もう暗くなってきたよ。春とはいってもまだ寒いし……風邪ひいちゃう」 けれど、葵君は僕の手を取らない。ふるふると首を振って「帰れない」と小さく言った。 「帰ったら、どうしても先輩に会ってしまうでしょ?……きっと先輩は今、僕には会いたくないって思ってるはず。だから帰れない」 「会いたくないって、そんなわけないよ!二人は恋人じゃない!」 「悠希君。先輩の言葉、一緒に聞いたでしょ?先輩はね、僕と別れたいんだよ?別れたい相手と会いたい人なんて、いるはずないよ」 「だからっ、絶対あの言葉がおかしいんだって!田中さんはどう見たって、葵君のことが大好きなのに!」 「大好き?大好きな人と付き合ってるのに、別れたいって言うの?それって、おかしくない?」 「それはっ」 「……本当は最初っから分かってたんだ。僕が好かれてないことも……先輩が無理して付き合ってくれてたことも……そんな関係が、いつか破綻するってことも……」 「…………葵君……」 「だったらもっと早く、切ってほしかった……こんなに傷つく前に……再会してからずっと、とっても優しくしてくれたから……『好き』って言ってくれたから……家族に挨拶なんてしてくれたから……もしかしたら愛されてるんじゃないかって、馬鹿みたいに期待してしまった……」 そう言うと葵君は細い手で顔を覆うと、下を向いてしまった。 「……悠希君を……幸せな人を見てると辛い……僕は醜いから、好きな人に愛されてる君が羨ましくて妬ましくて、おかしくなってしまいそう……お願いだからもう一人にして……」 「……………でも…」 「一人にしてっ!」 葵君のこれまで聞いたこともないような悲痛な叫び声。 僕はもう、何も言うことができなくなって……後ろ髪を引かれる思いをしながら、来た道を戻りはじめた。

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