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第25話
「───────うおっ!!?」
俺の蹴りを食らった田中は、驚愕の声を上げながら、座椅子ごと後ろへと転がって倒れた。
ざまーみろ。今のは、葵君に代わっての一蹴りだからな。
「お前、何すんだよ!」
畳に転がった身体を起こしながら、文句を言ってきた田中に「ふん」と鼻で笑ってやる。
「バカなことばっかり言ってるからだ。くだらねー。うだうだ考えてる暇があるんだったら、さっさと葵君を追いかけやがれっ」
「っ!お前、さっきの俺の話聞いてたか!?俺じゃあダメだって…」
「ああ!お前は間違いなくダメな奴だわっ。だけど、そんなダメなお前のことが、あの子は好きなんだよ!お前のことが好きで好きで、仕方ないんだよ!」
「……………そんなこと…」
「『ない』って?……お前、バカなの?そんなこと、あるんだよ。もっとちゃんと、葵君を見てやれよ」
怒りが鎮まったのか、返す言葉もないのか、また下を向いてしまった田中の前にしゃがむが、こちらを見ない。
……やれやれ。
「お前さ。葵君が悠希と会ってるとき、二人がどんな話してるのか、知ってる?」
「……へ?……話?」
ようやく顔を上げた田中に、苦笑しつつ話を続ける。
「そ。葵君さ、悠希と会うときはいつも、お前の話ばかりするんだとよ。世間話から始まっても、結局最後は必ず、お前の話に行きつく」
「………俺の…話?」
「知らなかったか?……自分の家族に会いに来てくれたこと。一緒に新年を迎えたこと。いつ家に行っても、必ず葵君の好きなプリンが準備してあること。風邪ひかないように、いつも丁寧に髪を乾かしてくれるのに、自分の髪は適当に済ませてしまうこと……葵君はいつだって幸せそうに話して……ときには嬉しすぎて泣いてしまうこともあるんだってさ」
「……あいつが……嬉し泣き……」
「今日だってそうだ。お前を膝枕してやりながらさ、愛しそうに頭を撫でてたぞ。分かるか?鈍感。お前といたら幸せになれないんじゃない……もう、葵君は幸せなの!」
鈍い男には見えてない真実を教えてやると、唖然とした顔。
あーあ…ホント、どうして葵君はこんな面倒な奴がいいのかね……
でも、恋愛なんてそんなものなのかもしれない。相手にどんな欠点があろうと、好きになってしまったらもう、どうしようもないんだ。
「で、どーすんの?お前。このまま葵君を放っておいて、もう別れるっての?」
ぼやぼやしている田中に現実を突きつけてやる。
葵君が飛び出してから、しばらく……悠希がどんなに頑張ったって、葵君は戻ってくるはずがない。葵君を傷つけたのもこいつなら、葵君を救えるのもこいつだけなんだから。
すると、さっきまでのぐだぐだが嘘のように、田中はぱっと立ち上がった。
「俺、葵を迎えに行ってくる」
「おう」
「んで、ちゃんと謝って……もう一度チャンスがもらえるように頼む」
「おう。いってこい」
俺の返事を聞く間もなく、田中は部屋を飛び出していった。
その足取りに、もう迷いはなかった。
「………やれやれ」
田中と一緒に転がったままの座椅子をもとの位置に戻すと、俺も外へ出て、入口の横に置かれた縁台に腰を下ろした。
……そろそろ悠希も帰ってくるだろう。きっと泣きながら帰ってくるに違いない。
それを慰めてやるのが恋人である俺の役割であり、特権でもある。
後ろの壁にもたれて空を見上げると、綺麗な夕焼けが広がっていた。
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