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第30話

田中さんと別れたあとも涙は止まらなくて、ごしごしと浴衣の袖で涙をぬぐいながら歩いた。 帰りの道は何だか遠くて……だんだん辺りも暗くなってきて……葵君のことが心配で……不安な気持ちに胸が押しつぶされそう…… 曲がり角を曲がって、僕たちの泊まる離れが見えたときには、心の底からほっとした。 早く帰りたくて自然と足が動く。 早く……早く…… 薄暗がりの中で、離れの入り口が目に入ったとき……急いでいた僕の足が止まった。 「おかえり、悠希」 入口の横に置かれている縁台から腰を上げて、浴衣姿の啓吾さんが出迎えてくれた。その優しい声が耳に入るともう、我慢が出来なかった。 「………啓吾さん………啓吾さんっ!」 思わず駆け寄ると、僕に向けて差し伸べられた両手の間、啓吾さんの胸に飛び込んだ。啓吾さんの両手は僕の身体をぎゅっと抱きしめてくれる。 「おかえり。がんばったね」 さっきよりもっと近い場所から、啓吾さんの声が聞こえる。 優しく褒めてくれるけれど、ぼくはぶんぶんと首を横に振った。 ……僕は、何にもできなかった。葵君を励まし、救うことも。葵君と田中さんの間をつなぐことも。 すると啓吾さんは少し笑って、僕の髪を優しく撫でた。 「しかたないさ。あの二人の問題は、本人たちにしか解決できないんだから。でも、悠希は葵君を励まそうと頑張ったんだろ?何とか二人を仲直りさせようと頑張ったんだろ?その気持ちは、ちゃんと二人に伝わってるよ」 僕の、気持ち……伝わってる? 葵君は僕がそばにいるの、迷惑そうにしてたのに? うまく返事ができずに、啓吾さんの胸にぎゅうぎゅうとしがみついていると、啓吾さんが今度は背中を優しく撫でた。 「大丈夫!あの二人がどれだけお互いを想い合っているかは、俺たちが一番よく分かっているだろ?ちゃんと二人一緒に帰ってくる。だから、それを信じてここで待とう?」 そう言って啓吾さんは僕の涙を袖で拭うと、さっきまで座っていた縁台に腰を下ろし、すっと手を引いてその横に僕も座らせた。 ……本当は不安だったけれど、啓吾さんが自信たっぷりに言い切ったので……啓吾さんの言うことだからきっと間違っていないと思って……さっきまで歩いていた道の先を、啓吾さんと並んで見つめた。 それからしばらく。 すっかり夕闇が辺りを包み、道の端に据え付けられた灯篭に光が灯りはじめた頃、二つの影が道の奥にぼんやりと現れた。 少しずつ少しずつ近づいてくる……少しずつ少しずつ…… 我慢できなくて思わず立ち上がると、僕は思わず大きな声で呼んでしまった。 「葵君!!」 間違いない。あの影は葵君と田中さんだ。 きっと仲直りできたに違いない。 だって……だって……二つの影はしっかりと、その手を握り合っていたのだから。

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