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第33話
「いやー……可愛かったなあ」
ビールの缶を片手に、長谷川はニヤニヤ?ニマニマ?しながらひとりごちた。
そのだらしない顔を、長谷川に好意を寄せている会社の女の子たちが見たら、さぞがっかりするだろう。そのくらい、人には見せられない顔をしてる。
「……お前ねー。自分の恋人が可愛かったからって、いつまでもしつこいぞ……」
「いやいや!悠希はもちろん可愛かったけれど、葵君もめちゃくちゃ可愛かった!あー……動画を撮っておくんだったわー」
「……………」
呆れて声も出なくなった俺は、手にしていたビールをあおった。
長谷川がでれでれとしながら「可愛い!」を連呼してるのは、葵と俺が二人で離れに戻ってきたときの話だ。
入口で待っていた高瀬君と、俺と一緒に歩いてきた葵は、お互いの姿を確認すると名前を呼び合って走り出し、抱き合ってわんわんと泣き出したのだ。二人とも「ごめんね」と「よかった」を繰り返し、子どもみたいに声を上げて泣いては、ぎゅうぎゅうと抱きしめ合って。
……おーい、二人ともー。ここに恋人がいること、忘れてねーかー?
完全にふたりの世界で、俺も長谷川も、すっかり存在を忘れ去られてしまっていた。長谷川はそんな二人を見て「可愛い」と思ったようだが、俺は違う。
こいつらそのうち、勢い余ってチューとかしちゃうんじゃねーのか!?
こうして二人が泣いているのは間違いなく俺のせいという、若干の後ろ暗さもあってか……このまま葵が高瀬君と変な方向に仲良くなってしまうんではないか!?という、どうしようもない不安がまさって……
で、思わず「はい!そこまで!」と二人を引っぺがしたのだった。
……長谷川が高瀬君と付き合ってて、ホントによかったわ。もし、そうでなかったなら、俺なんてぽいっと捨てられそうな気がする……でも、長谷川と付き合ってなかったなら、高瀬君は葵と出会うこともなかったか……?
そんな、くだらないことをあれこれ考えていたら、風呂から上がった葵が広間に戻ってきた。
「……あれ?葵君、一人?悠希は?」
「あ……あの、もう少し温泉を楽しみたい、って……あの、だから、一人で先に上がったんです」
「そっか。じゃあ俺も、今から一緒に入ってこようかな」
「えっ、と……あの……」
葵は何か言いたそうにしていたが、長谷川はのっそりと立ち上がると寝室に入って行った。
長谷川を見送ると、あきらめたらしい葵は、こちらを向いてにこりと笑った。もともと白い肌が、温泉で温められて、ほんのり桜色になっている。
「先輩も、一緒に入ってくる?」
「まさか。んな、邪魔はしねーよ」
せっかく温泉に来たんだ。恋人と一緒に風呂に入りたいだろ……って、俺はまだ葵と一緒に入ってないけどな!
だいたい、2回目の入浴も高瀬くんと一緒ってどーいうことだよ!?そこは恋人である俺と入れよ、おい!……なんて、言えるはずもない。
高瀬君とますますべったりになったのは、明らかに俺のせいだし……まあ、風呂なんていつでも一緒に入れるからいい。一緒に「温泉」に入れてないのは、残念だけど。
そんな俺の気持ちには全く気づいていないようで、葵は黙ってしまった俺を見て不思議そうにしている。
……まあ、一緒にいられるだけ、いいか。
「そろそろ部屋に戻るか」
イチャイチャから戻ってきた二人とここで出くわすのもなんだし。
すると葵はにっこり笑って「うん」と頷いた。
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