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第45話
ずるりと自分のモノを抜き、腰から手を離すと、葵の身体はどさりと布団の上に崩れ落ちた。
とりあえず一度熱の引いたソレからゴムを外すと、口の部分をぎゅっと縛ってからタオルの端っこに放り投げた。処理が終わって、転がっている葵を見下ろすと……どくんと心臓が鳴った。
後ろ向きに伏せている葵の乱れた浴衣の襟から見える細い首やうなじが、どうしてかさっきの池の前で見た葵の姿と重なってしまう……
『どうして、先輩が泣くの?』
『別れたいって言ったのは先輩だよ?願いが叶ったのに、何で泣くの?』
『僕といて先輩がしあわせになれないなら』
『僕、先輩とお別れします』
……嫌だ。
絶対に嫌だ。
別れるなんて、絶対に嫌だ。
葵は俺のだ。俺の恋人なんだ。誰にも渡さない。
渡すもんかっ。
気づけば俺は、ぐったりしている葵の身体を両手で抱き起こすと、その背中に噛みついていた。
キスをして、強く吸って、甘噛みして……葵の白い背中に点々と俺の痕がついていく。
赤い、赤いキスマーク……これは、俺の印だ。
俺だけが葵を抱けるんだ。
俺だけが葵の肌に痕を残すことを許されてるんだ。
……そんな暗い愉悦にとらわれて夢中になって葵の背中をいたぶっていると、葵はくるりと身体の向きを変えて、俺の肩に頭をのせた。
もう少し印をつけてやりたかったのだが、正面からは背中に届かなくて……ふうっとあきらめると、聞こえてきた葵の小さな小さな声に、すっと血の気が引いた。
「………先輩……僕の身体で…満足できた…?」
葵の言葉は、耳に入ったとたん、ぐっさりと俺の胸を突き刺した。
身体……満足……
それはまるで「お前は身体だけが欲しかったんだろ?」と、「セックスできればそれで満足なんだろ?」と、そう言われているように聞こえた。
違う。違う、そうじゃない。
俺はお前がいてくれさえすればそれで……だけど、そんな言葉信じてもらえるのか?
さっきの自分勝手なセックスは何だよ。
よく考えてみたら、葵はずっと、何か言ってた気がする……けど、俺は全然聞いてやりもせず、自分の快楽だけを求めてたんじゃなかったか?
気づいてみれば、今だってそうだ。
葵は俺の肩に頭を当ててはいるが決してもたれているわけではなく、両手は自分の浴衣をつかんで小さく震えている。
……俺のこと、もう嫌になったのか?
触るのも嫌とか?愛想つきちまったとか?
思い当たることが多すぎて、俺は何にも言えなくなる。言ったらその通りになりそうで怖いんだ。
何でだろう。いつもはもっと、こうと決めたら自分で動けるのに。葵に関することとなると、急に動けなくなる。
本当に情けない、情けない自分……でも、このままではいられないことも分かってるんだ。
だってきっと、葵からは動けない。
俺が、俺が傷つけたのなら、俺が動いてやらなきゃいけないんだ。
そっと手を伸ばして葵の頭を撫でると、当てただけになっている俺の肩にぐっと引き寄せる。
……何て言ってやったらいいのか分からないけど、せめてもっとくっついて欲しい。遠慮とか我慢とか、そんなのしなくていいから。
すると…
「……先輩…」
「……うん」
俺を呼ぶ声にいつもの甘さはない。少し緊張したような固い声。
それがまた、胸に刺さるが……気にせず返事をする。
「………今なら……いい…?」
「ん?何が?」
「………今だったら……ぎゅって……しても、いい?」
今なら?ぎゅって?
何でそんなこと、わざわざ聞くんだ?
よく分からないけれど……とりあえず抱きしめてもいいようだから、そっと背中に手を伸ばしてみる。
その小さい背中を撫でてやると、ようやく葵は両手を浴衣からはなし、俺の身体にもたれてくれたのだった。
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