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第51話
俺を見て微笑む葵は本当にかわいくて。
何故手放そうなどと、手放せるなどと思ったのだろう。そんなこと、よくよく考えたなら、できないってことぐらい分かったはずなのに。
ここ数カ月、ずっともやもやと悩んでいたことがすっきりして、そうして抱きしめた葵は何より特別なものに思えた。
本当に、本当に大切なんだ。何度言ったところで、何故だか自分に自信のないこいつは納得しそうにないけれど。
本当に大切で……葵の願いごとなら、何だって叶えてやりたい。
『ぎゅって……しても、いい?』
ふと、さっきの葵のおねだりが頭をよぎった。
「葵」
「………うん」
「ちょっとだけ、離れてもいいか?」
「え?っと…………うん」
何だか寂しそうな声で返事が返ってきて……心配すんなよ、大丈夫だから。
ぎゅっと抱きしめていた身体を離すと、不安定な葵の心を表すようにその頬がひくひくと震えて…それを右手で撫でてやると、少し微笑んでくれた。
それを見たあと、急いで葵の着る浴衣の帯に手をかけると、するするとほどいていく。
「あれ?浴衣、脱ぐの?」
「おう」
「だって『浴衣でエッチ』がしたかったんでしょ?」
「……お前、そういうことよく覚えてるなあ。まあ、憧れではあったけど一回できたし」
帯をぽいっと投げると、浴衣を脱がして……こちらも投げたいところだが、葵の肩からかけてやる。体冷やして、風邪をひいたら困るからな。
んで、俺の方はためらいなく浴衣を脱ぎ捨てて。で、もう一度葵をぎゅっと抱きしめた。
「………先輩?」
「この方が『ぎゅって』くっついていられるだろ?」
「っ!………うんっ!」
嬉しそうに頷いた葵の身体をよいしょと持ち上げると、俺の膝の上にのせて跨らせる。葵は葵で腕をしっかりと回して、ぎゅうぎゅうと俺にくっついてくる。
俺と葵の身体の間には、邪魔をするものなんて何もなくて、ぴったりと肌がくっついていて。
ぽかぽかと温かい葵の体温。
どこか甘くてどこか優しい匂い。
くっつけた胸から伝わってくる、とくんとくんと規則的に刻まれる心音。
ああ……ここに葵がいる。何度もこの手からすり抜けていった宝物は、ちゃんとここにいるんだ。
幸せって、こういうことなんだろ?
…………
…………
「………先輩……」
「………言うな」
「………でも……」
「いいから」
「………だって、これ……」
「いいから、言うなって!」
……まあ、俺も健全な男子ですし。
おまけに、好きなやつと裸でくっついてるわけですし?
そりゃあ、幸せに浸ってはいるけれど、やっぱり身体は正直なもので……俺の息子はすっかり元気になって、葵の尻を押し上げようとしていたのだった。
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