182 / 243

第51話

俺を見て微笑む葵は本当にかわいくて。 何故手放そうなどと、手放せるなどと思ったのだろう。そんなこと、よくよく考えたなら、できないってことぐらい分かったはずなのに。 ここ数カ月、ずっともやもやと悩んでいたことがすっきりして、そうして抱きしめた葵は何より特別なものに思えた。 本当に、本当に大切なんだ。何度言ったところで、何故だか自分に自信のないこいつは納得しそうにないけれど。 本当に大切で……葵の願いごとなら、何だって叶えてやりたい。 『ぎゅって……しても、いい?』 ふと、さっきの葵のおねだりが頭をよぎった。 「葵」 「………うん」 「ちょっとだけ、離れてもいいか?」 「え?っと…………うん」 何だか寂しそうな声で返事が返ってきて……心配すんなよ、大丈夫だから。 ぎゅっと抱きしめていた身体を離すと、不安定な葵の心を表すようにその頬がひくひくと震えて…それを右手で撫でてやると、少し微笑んでくれた。 それを見たあと、急いで葵の着る浴衣の帯に手をかけると、するするとほどいていく。 「あれ?浴衣、脱ぐの?」 「おう」 「だって『浴衣でエッチ』がしたかったんでしょ?」 「……お前、そういうことよく覚えてるなあ。まあ、憧れではあったけど一回できたし」 帯をぽいっと投げると、浴衣を脱がして……こちらも投げたいところだが、葵の肩からかけてやる。体冷やして、風邪をひいたら困るからな。 んで、俺の方はためらいなく浴衣を脱ぎ捨てて。で、もう一度葵をぎゅっと抱きしめた。 「………先輩?」 「この方が『ぎゅって』くっついていられるだろ?」 「っ!………うんっ!」 嬉しそうに頷いた葵の身体をよいしょと持ち上げると、俺の膝の上にのせて跨らせる。葵は葵で腕をしっかりと回して、ぎゅうぎゅうと俺にくっついてくる。 俺と葵の身体の間には、邪魔をするものなんて何もなくて、ぴったりと肌がくっついていて。 ぽかぽかと温かい葵の体温。 どこか甘くてどこか優しい匂い。 くっつけた胸から伝わってくる、とくんとくんと規則的に刻まれる心音。 ああ……ここに葵がいる。何度もこの手からすり抜けていった宝物は、ちゃんとここにいるんだ。 幸せって、こういうことなんだろ? ………… ………… 「………先輩……」 「………言うな」 「………でも……」 「いいから」 「………だって、これ……」 「いいから、言うなって!」 ……まあ、俺も健全な男子ですし。 おまけに、好きなやつと裸でくっついてるわけですし? そりゃあ、幸せに浸ってはいるけれど、やっぱり身体は正直なもので……俺の息子はすっかり元気になって、葵の尻を押し上げようとしていたのだった。

ともだちにシェアしよう!