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第57話
ぱたぱたと足音が鳴って、こちらに向かってくるのが分かる。
「………ああ、今日は『当たり』の日だね」
「え?」
「葵君、寝ぼけた悠希を見てもおどろかないでね?」
……ちょっとびっくりするのはいいけど、あまりの可愛さに好きになっちゃうのは困るな。
まあ、田中がちゃんと葵君をつかまえておけば、そんなことにはならないだろうけど。
ガラッ。
寝室と広間を仕切っていた戸が開く音。その音を聞いて、腰は下ろしたまま体の向きだけかえて振り返る。
「悠希、おは……」
ぼふっ。
……いつものように『おはよう』を最後まで言う間もなく、悠希が俺の胸に抱きついてきた。
「……啓吾さん、いた……」
寝起きのせいか、少しかすれた声。これもいつも通り。ぎゅうぎゅうと抱きついては、顔をぐいぐいと押しあててくる。
よしよしと頭を撫でてやりながら、葵君のほうを見ると、やはりびっくりした顔をしていた。
「……ね。かわいいでしょ?」
すると今度はちょっと困った顔になって、優しく微笑んでくれだ。
……まあ、抱きあってる恋人たちを横で見てるなんて状況は、微妙だろうしね。困惑するのも分かる。
「悠希、そろそろ起きて。ここは家じゃないよ」
「………うー…」
「葵君、困った顔でずっと見てるよ」
「………うー……う?」
葵君の名前を聞いて、俺の胸からがばっと顔を上げると、悠希はみるみる顔を真っ赤に染めた。
「ひゃっ……わ……お、おはよー…葵君…」
「おはようございます、悠希君」
目が覚めた悠希はさすがに恥ずかしかったのか、俺から離れようとじたばたし始めたが、せっかく抱きついてきてくれたものを離すはずもない。
そのままぎゅっと抱きしめていると。
ガタン!
今度は葵君たちが使っている寝室から、物音がした。
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