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第58話

今度はばたばたと足音が鳴って、やっぱりこちらに向かってくるのが分かる。 「ああ、あいつも起きたみたいだね」 「え?」 「葵君、もうちょっと我慢して、部屋にいてやったらよかったかもね」 あいつ、きっと慌ててるぞ。 朝起きたら、横にいると思ってただろうからなあ。「昨日」の今日だしな…… ガラッ。 「葵っ!?」 寝室と広間を仕切っていた戸が開く音と、それとともに響く田中の怒鳴り声。テーブルの向こう側に座っていた葵君の肩がびくっと震える。 「こんなとこにいたのかよっ。お前、何で勝手に起きてんだよ!」 「か、勝手にって……だって、目が覚め…」 「うるさい!寝てる間にいなくなったのかと思っただろ!?」 ぎゅうっ。 田中は俺から見ても理不尽だと思えるような、子どもみたいなわがままをまき散らしたあと、座ったままの葵君の側に駆け寄って、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。 「先輩?」 「………昨日みたいに、またいなくなったかと思った……寝てる間に、消えちまったかと……」 「僕……どこにも消えたりしないよ…?」 「……分かってる……分かってる、けど……心配した……」 怒鳴られてびくびくしていたはずの葵君は、田中のこぼすわがままな弱音を聞いているうちに表情が変わっていき……やがて幸せそうな顔をして、田中の背中に手を回した。 田中も田中なら、それを受け入れる葵君も葵君だ。 本当は心配性なヤツと、本当は心配してもらいたいヤツと……この二人、ホントお似合いの組み合わせだな。 だけど。 「おーい、イチャイチャするのは構わないけど、そろそろこっちの存在にも、気づいてくれよー」 普段だったら絶対俺の前でこんなこと、しないだろうに……自分たちの世界に入り込んでて、俺と悠希のことは頭にないんだろ。 案の定、田中はこれまで見たこともないくらい顔を真っ赤にして、こっちに文句を言ってきた。 「おっ、お前、なんでそんなとこにいるんだよっ。朝早いんだから、部屋で寝てろよっ」 「いやいや、先に起きてイチャイチャしてたのはこっちだから」 「先って……お前っ、葵にそんなの見せんな!」 「いやいや、お前だって今、イチャイチャするとこ見せてるだろ?」 いつものように二人でわいわい騒いでいると、さっきまでじたばた暴れていた悠希がぴたりと動きを止めた。 あれ?どうした? 顔を覗こうと下を見ると、悠希もこちらを見上げていて。 「……啓吾さん」 「ん?どうした?」 「お腹すいた。朝ごはん食べたい」 「………………」 「あ、朝食会場は7時から開いてるよ。先輩も長谷川さんもそこまでにして、ご飯食べにいきましょう?」 「ねー!僕、着替えよーっと」 二人はぴょんっと立ち上がると、朝はパン派かご飯派かでひとしきり盛り上がったあと、着替えるためにそれぞれの部屋に戻っていった。広間には俺と長谷川の二人きり… 「……長谷川…」 「あー…」 「俺、どう頑張ってもあの二人には勝てない気がする…」 「…………俺も」 残された二人は微妙な空気の中、おとなしく用意されていたお茶を飲み……後を追うように部屋に戻るしかないのだった。

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