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第59話
「だーめ!」
「えー!?何でー!?」
「何でもなにも、ダメなものはダメなの!」
ぷぅっと頬を膨らませる悠希君。でも長谷川さんは一歩も譲らない。
旅行の最後になって、これまでずっと仲良しだった二人が言い争っている。しかもそれは何故か、僕のせいみたいで…
朝食を食べ終わって部屋に戻ると、チェックアウトの時間まではそれぞれでのんびり過ごすことになった。
荷物の整理も終わったし特にすることもなかったので、僕は先輩に「最後にもう一度温泉に入る」と告げた。すると同じく広間にいた悠希君が「僕も一緒に入る!」と言ってくれたんだ。
ところが、それを聞いた長谷川さんは何故か「一緒はダメ!」と悠希君にストップをかけた。それが納得いかなかった悠希君が、こうして不満をぶつけているんだ。
「昨日までは何にも言わなかったのに、何で今日はダメなの!?」
「昨日は昨日、今日は今日だよ。せっかく旅の最後だし、葵君とじゃなくて俺と一緒に入ればいいだろ?」
「啓吾さんとはいつでも一緒に入れるけど、葵君とは今しか入れないしっ。だから絶対、葵君と入るから!」
……いつもは悠希君の意見を大切に、尊重してくれる長谷川さんなのに、何で今日はこんなに頭ごなしにダメって言うのだろう。
温泉だって、悠希君とは昨日2回も一緒に入ったのに…
不思議に思った僕は先輩の方に目を向けると……何故か先輩の目も泳いでいた。
「……?……先輩?」
「んあ!?……あー…何かもめてるみたいだし、んー…まー…葵はほら、ひとりで入ってくれば?」
「……………」
「えーと……ひとりが嫌なら、俺が一緒に入ってもいいし…」
「……………」
変だ。
何だかものすごーく、変。先輩も僕と悠希君が一緒にお風呂に入るの、困る……みたいな?
いつもだったら先輩の意見に合わせるけれど、何だかそれはしたくない気分で。だって何だか二人とも、あやしいんだもん。
むむむー……ここは折れたらいけない気がする。いつもだったらしないことでも、今回は勇気を出して逆らってみたほうがいいと思うんだ。
よしっ。
「悠希君」
まだ言い争いを続けている二人に声をかける。
悠希君がこちらを向いてくれたところで、長谷川さんを牽制するように……ちょっとツンとした声になるように意識して話し始めた。
「一緒にお風呂、入りにいこう?……別に恋人だからって、誰とお風呂に入るかの許可なんかとらなくっていいんだよ」
「……葵君?」
「僕も悠希君と一緒に入りたいし。長谷川さんは優しい人だから、いつだって悠希君の気持ちを一番に考えてくれているんだもの。理由も言わずに自分の考えを強制なんかしないはずだよ?……ですよね、長谷川さん」
「うっ……………はい」
「二人で温泉入っても、問題なんかないですよね?」
「……………はい」
「じゃあ悠希君、温泉入ろっか」
「うん!」
僕の珍しく強気な発言に、広間の空気がちょっとぴりっとしてしまったことには気づかないふりをして、僕は悠希君と一緒に浴室へと向かうのだった。
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