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第61話

楽しい時間って、どうしてあっという間に過ぎてしまうんだろう。 旅館を後にした僕たちは、せっかくだから帰り道はのんびりと……と高速道路には乗らず、下道を通って帰った。 誰も知らないマニアックな観光スポットを見つけては立ち寄ってみたり、ネットで検索した美味しいというレストランで昼食を食べてみたり。いっぱいおしゃべりして、いっぱい笑って。 そんなことをしているうちに、だんだんと景色は見たことのあるものに変わっていき、気づけば僕たちの街に帰ってきていた。 もうあと少しで、僕の家……帰りの運転を引き受けてくれた先輩は、迷うことなく車を走らせる。 この二日間、ちょっと泣いてしまうこともあったけれど、どれもこれも楽しくて素敵な思い出ばかり。最初に連休を知らされたときに想像した過ごし方とは全く違う、最高の二日間だった。 だからもう少しこのまま、楽しい時間を延長したいところだけれど……明日になれば先輩と長谷川さんは仕事だし、悠希君だって大学に行くんだ。休みなのは僕ぐらい。 こんなこと考えるの、わがままだって分かってる……分かってるけれど……先輩、今日まで家に泊まってくれないかなって、思ってしまう。 助手席からちらりと、運転する先輩の顔を窺うけれど、そんな僕の気持ちにはちっとも気づいていないみたい。運転に集中してる。 そうこうしてる間に車はますます進み、あと一つ角を曲がったら僕の家に着くところまで近づいた。 ……うん。 やっぱりわがままはいけない。僕だって大人なんだし。 ずっと運転をしていたんだから、先輩だって疲れてるんだ。そんなときはちゃんと自分の家で、のんびり疲れをとったほうがいいよね。うん。 後部座席に座っている悠希君と長谷川さんの方に身体を向けて、お礼とお別れの挨拶をする。 「あの、もう少しで僕の家です……二日間、本当にありがとうございました。とっても楽しかったです」 「こちらこそ、楽しかったよ。何だか葵君の休みにかこつけて、悠希と一緒に旅行ができちゃって嬉しかったし」 「仕事が落ち着いたら、また一緒にカフェ巡りしようね!新しいお店、探しておくっ」 「うん。また連絡するね」 そんなことを話しているうちに、車は僕のアパートの前で止まった。 そんなに大きくなかったので足元に置いていた荷物を手にとると、急いで外に出る。そうしないとせっかく決めた心がぐらぐら揺らいで、わがままを言ってしまいそうだったから。 「じゃっ、お先に失礼します!帰り道、気を付けてくださいね!」 「うんっ、またね葵君!」 「先輩も、気を付けてっ。また連絡ください……じゃっ!」 「………あっ、おい!」 先輩が何か言いかけたけれど、最後まで聞かずにドアを閉めた。 後部座席の窓から手を振る悠希君と長谷川さんに手を振り返して。そのまま、車が動き出すのを待たずにアパートの階段を駆け上がる。 早くっ……早くっ…… 玄関ドアの前でポケットの中から鍵を取り出すと、急いで解錠して部屋の中に入った。 「………ふぅ」 何とか笑顔でお別れができて、ちょっとほっとして息をついた。 一日ぶりに戻った部屋は何だか空気が澱んでいるよう窓を開けて換気をしなくちゃ。 とりあえず床に旅行バッグを置くと、手にしていた鍵を靴箱の上のカゴの中に入れようとして手が止まった。 鍵についているのは、先輩が昨日プレゼントしてくれた温泉にゃんこのストラップ。僕と先輩とおそろいの……先輩の気持ちがこめられたもの。 大丈夫。 先輩も僕のこと、好きでいてくれる。一緒にいたいって思ってくれてる。 明日は仕事だから今日はもう一緒にいられないけれど、次のお休みにはまた会いに来てくれるはず。 だから、大丈夫。 ちょっと潤んでしまった目を、鍵を握ったままの右手の甲でごしごしこすって……で、気がついた。そういえば、鍵かけてないや。 いくら自分が男だからってやっぱり用心するにこしたことはない。鍵をかけようとドアの方へ身体を向けたところで… ガチャ。 開くはずのない玄関のドアが、勝手に開いた。

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