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溢れる 第1話

着信音が鳴り響いている。 鳴り続ける携帯電話を前に、じっと動かない二人。 誰も出ようとしないから、当然、着信音は鳴り続けたまま… 「先輩」 「ん?」 「出ないの?」 「……ああ」 ……出ないなら、せめて切ってよ。 そう言いたいけれど、言えない。何て思われるかが怖いから。 そうこうしている間に、着信音が止んだ。どうやら向こう側の人は、あきらめてくれたらしい。 ほっとして、息を吐く。 よかった……とりあえずは平穏が戻ってきたようだ…… お茶でも淹れよう。そう思って立とうとした瞬間、また携帯電話が着信を知らせた。 無機質な音が部屋の空気を……二人だけだった空間を切り裂いていく。 「………先輩」 「……………」 「先輩っ」 「……分かった。出るよ」 そう言ってテーブルに置いてあった携帯電話を掴んで、通話動作をするけれど……ここでは話そうとせずに、先輩は外へと出て行く。 ドアを閉める瞬間… 「──お前なっ、今夜はかけてくるなって言っただろっ」 僕の耳に聞こえたのは、先輩の小さく叱責する声と……通話スピーカーから微かに漏れる女性の声。 ─────バタン! 玄関のドアが閉まった。 ………どうしてこんなことになってしまったんだろう。 訳も分からないまま僕は、ぽろりと涙をこぼした。 こんな状況になってしまったのは、いつからだったか… 珍しく連休がもらえた僕のために、先輩が温泉旅行をプレゼントしてくれて。幸せな時間を過ごすことができて。 先輩は僕のことを大事に思ってくれてるんだって、少し自信がもてるようになった。 そんな連休が明けて、ビルがリニューアルオープンをしたら……あの神社のおみくじって、本当に当たるのかも……思っていた以上に世間の関心を集めることができたようで、僕の働く書店にもお客様がどっと来てくださった。 客数も客単価も、休店する前と比べたらどちらも伸びていて、ゴールデンウィークが明けるまでの間はとてつもなく忙しくて……で、気づかなかった。 先輩が何か、僕には言えない隠しごとをしているということに。

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