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第2話

それからしばらくしたある日のこと。 スライスした玉ねぎを水にさらしている間に、冷蔵庫からレタスを取り出す。必要な分だけちぎると流水で洗い、水気を切ってから食べやすいサイズにしていく。 今日は久しぶりに先輩が僕の家にお泊りに来てくれた。ここのところ忙しかったから、外で一緒に外食をして、そのまま帰ることも多くて……家でのんびりできるのって久しぶり。 出来れば早く食事も済ませてしまいたくて、今日の夕飯のメニューはベーコンと水菜のペペロンチーノにグリーンサラダ。コンソメスープをつけて完成予定。ちょっと手抜きだけど、許してもらおう。 先輩は先にお風呂に入っている。そろそろ上がってくる頃だから、パスタを茹でる準備を……そう思っていたところだった。 「……………あ」 キッチンに着信音が鳴り響いた。 振り返るとダイニングテーブルの椅子の上に、先輩のビジネスバッグが置かれている。その中に携帯電話が入っているみたい。 ……やだな。 せっかく幸せな気分だったのに、何だか胸がざわざわする……いったい誰からなのかな…? 会社の人? 長谷川さん? ……それとも、この前の女の人? 携帯電話を盗み見したらその答えは分かるのかもしれないけれど……さすがにそれはマナー違反だ。 気にしない……気にしない、気にしない。 着信音を気にしなくてすむように、目の前の作業に集中する。 今夜はおいしくご飯を食べて、二人で食後にまったりして、何でもないようなことをおしゃべりするんだ… 「───お。今日の夕飯、何?」 程なく着信音が止まり、サラダの盛り付けを始めたところで、先輩がキッチンに入ってきた。 「ベーコンと水菜のパスタとサラダとスープ。ちょっと手抜きでごめんね?」 「全然手抜きじゃねーし。俺なら全部コンビニで買ってすませるって」 笑いながら冷蔵庫を開けた先輩は、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを取り出すと、そのままごくごくと飲んだ。 その喉の動く様を見ていると、なぜだか胸がぐっとなって。あわてて目線を自分の手もとに戻す。 「……そう言えばさっき、携帯鳴ってたよ」 「携帯?」 ペットボトルをテーブルの上に置いた先輩は、バッグをごそごそとあさる。 携帯電話を取り出し……何か操作をした後、テーブルに置いた。 「……電話……かけ直さなくて、いいの?」 誰からかかって来たのか、本当は気になる。この前の人なら……かけ直さないでほしい。 でも、そんなことを言って、心の狭い奴だと思われるのが嫌で、本音とはうらはらなことを言ってしまう。 「ああ。たいした用じゃないから、いいよ」 ……電話に出てもいないのに、どうして『たいした用事じゃない』なんて分かるの? 言いたいけど言えなくて、これも飲み込む。「……そう」なんて、心にもないことを言ってしまう。 水気を切った玉ねぎをレタスの上に盛り付けようとしたところで、ふわりといい匂いがした。僕の家の、シャンプーの匂い。 「メシ、もうできるの?」 先輩はシンクに立つ僕を、後ろからすっぽりと包み込みながら尋ねた。 「え…っと……先輩が上がってきたから、そろそろパスタを茹でようかなって……鍋を火にかけてお湯を沸かすところ…」 「そっか。じゃあ、沸かすのはもっと後からでいいよ」 「え?」 「先にこっちを食べるから」 そう言うと先輩は服の下から手を滑り込ませ、僕の脇腹をさわさわと撫でた。

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