195 / 243
第2話
それからしばらくしたある日のこと。
スライスした玉ねぎを水にさらしている間に、冷蔵庫からレタスを取り出す。必要な分だけちぎると流水で洗い、水気を切ってから食べやすいサイズにしていく。
今日は久しぶりに先輩が僕の家にお泊りに来てくれた。ここのところ忙しかったから、外で一緒に外食をして、そのまま帰ることも多くて……家でのんびりできるのって久しぶり。
出来れば早く食事も済ませてしまいたくて、今日の夕飯のメニューはベーコンと水菜のペペロンチーノにグリーンサラダ。コンソメスープをつけて完成予定。ちょっと手抜きだけど、許してもらおう。
先輩は先にお風呂に入っている。そろそろ上がってくる頃だから、パスタを茹でる準備を……そう思っていたところだった。
「……………あ」
キッチンに着信音が鳴り響いた。
振り返るとダイニングテーブルの椅子の上に、先輩のビジネスバッグが置かれている。その中に携帯電話が入っているみたい。
……やだな。
せっかく幸せな気分だったのに、何だか胸がざわざわする……いったい誰からなのかな…?
会社の人?
長谷川さん?
……それとも、この前の女の人?
携帯電話を盗み見したらその答えは分かるのかもしれないけれど……さすがにそれはマナー違反だ。
気にしない……気にしない、気にしない。
着信音を気にしなくてすむように、目の前の作業に集中する。
今夜はおいしくご飯を食べて、二人で食後にまったりして、何でもないようなことをおしゃべりするんだ…
「───お。今日の夕飯、何?」
程なく着信音が止まり、サラダの盛り付けを始めたところで、先輩がキッチンに入ってきた。
「ベーコンと水菜のパスタとサラダとスープ。ちょっと手抜きでごめんね?」
「全然手抜きじゃねーし。俺なら全部コンビニで買ってすませるって」
笑いながら冷蔵庫を開けた先輩は、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを取り出すと、そのままごくごくと飲んだ。
その喉の動く様を見ていると、なぜだか胸がぐっとなって。あわてて目線を自分の手もとに戻す。
「……そう言えばさっき、携帯鳴ってたよ」
「携帯?」
ペットボトルをテーブルの上に置いた先輩は、バッグをごそごそとあさる。
携帯電話を取り出し……何か操作をした後、テーブルに置いた。
「……電話……かけ直さなくて、いいの?」
誰からかかって来たのか、本当は気になる。この前の人なら……かけ直さないでほしい。
でも、そんなことを言って、心の狭い奴だと思われるのが嫌で、本音とはうらはらなことを言ってしまう。
「ああ。たいした用じゃないから、いいよ」
……電話に出てもいないのに、どうして『たいした用事じゃない』なんて分かるの?
言いたいけど言えなくて、これも飲み込む。「……そう」なんて、心にもないことを言ってしまう。
水気を切った玉ねぎをレタスの上に盛り付けようとしたところで、ふわりといい匂いがした。僕の家の、シャンプーの匂い。
「メシ、もうできるの?」
先輩はシンクに立つ僕を、後ろからすっぽりと包み込みながら尋ねた。
「え…っと……先輩が上がってきたから、そろそろパスタを茹でようかなって……鍋を火にかけてお湯を沸かすところ…」
「そっか。じゃあ、沸かすのはもっと後からでいいよ」
「え?」
「先にこっちを食べるから」
そう言うと先輩は服の下から手を滑り込ませ、僕の脇腹をさわさわと撫でた。
ともだちにシェアしよう!