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第9話

初めて見る人だった。 僕と先輩は昔、同じ大学に通っていた。一緒に通えた時間は1年しかなかったけれど、その頃先輩が仲良くしていた人たちはちゃんと覚えている……でも、こんな人はその中にいなかった。 それに見た感じも、僕と同い年かそれよりも下という感じだし…… 本当に先輩の知り合いだろうか……でも、彼女が立っているのは2階の奥の角部屋。先輩の住む部屋の前だ。 ためらってしまって、階段を上がり切ったところで足が止まる。 先輩は客が来るなんて一言も言ってなかった。 泊まりに来るように誘ったのも先輩だし。 じゃあ、この人はここと他の人が住む部屋とを、間違えてしまったのかな… 声をかけてみようかと口を開いたところで、その人はふいにこちらを向いた。 くるくると綺麗にカールされた髪。 目がぱっちりとしていて、キラキラしたメイクをしている。 ミントグリーンのワンピースに軽くカーディガンを羽織って、手には僕が見ても分かるブランドのバッグ。 女性のおしゃれなんて僕にはちっとも分からないけれど、この人はきっと、細かいところにも気を配って、自分を最高に輝かせることのできる人……そんな印象を受けた。 ……何だか、僕とは正反対な感じ。 こちらを向いて、立ち止まる僕に気づいたこの人は、怪訝そうな顔で僕に尋ねる。 「……あの……ここは、田中雅行さんの部屋…ですよね?」 「あ、はいっ……僕は用事があってここに…」 「あ、よかった……あってますよね。すみません……部屋を間違えたかと思って…」 そう言うと、彼女はにっこりと笑った。 「ちなみに貴方はどちらの方ですか?初めてお会いしますよね?」 「えっ……あー……僕は田中さんの後輩です。大学の…」 ───恋人です。 そう言いたいけれど、言えない。 僕はよくても、先輩にしてみたら『知らないうちにカミングアウト』なんて、とんでもないだろう。 すると彼女は、またにっこり笑って言った。 「そうだったんですね!初めまして──私、田中さんとお付き合いしている者です」

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