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第10話

びっくりしすぎると、言葉って頭の中に浮かんでも来なくなるみたい。 僕はぼんやりと彼女の口が動くのを見ていた……ただ、見ていたんだ。 「私たち、同じ職場で働いているんです。もう一年くらいお付き合いしていて」 「うちの会社は職場恋愛は禁止だから、周りの人には秘密にしているんです。だから、お友達のあなたにも知らせてなかったんだと思います」 「そろそろ結婚しようって話もあって……夏には、ご両親に紹介してもらう予定で…」 「それなのに、最近何だか……彼に他の誰か…彼に好意をもっている人がちょっかいを出しているみたいで……今日はそれを確かめに来たんです」 「結婚するまではお互いのプライバシーを尊重しようって、合鍵は渡してないから中には入れなくって……でも、彼と今日会う予定だったのは、あなただったんですね」 「浮気を心配したんですけど……さすがにあなたは、恋愛対象ではないですものね……安心しました」 「今夜彼と会う予定なんですよね?それなら私もご一緒していいですか?彼のお友達に会うなんてこれまでなかったから、ぜひ紹介してもらいたくて……」 「─────あの」 『紹介してもらう』という話が出て、思わず彼女の話をさえぎってしまった。 「……僕は……僕のことは気にされなくてもいいですから、今夜は二人で、仲良く過ごしてください。今日は帰ります」 「えっ?……でも…」 「いいんです。僕と会わなくても……先輩は平気ですから……じゃあ、よろしく伝えておいてください」 そう言って僕は彼女に背を向けると、来た道を戻り始めた。 彼女は引きとめようとしていたから、急いで階段を下りる──これ以上彼女と話していると、何だかおかしくなってしまいそうだった。

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