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第11話
………右、左、右、左、右、左…
何かを考えていなかったら、さっき起こった出来事のことで頭がいっぱいになってしまいそうで……右、左、と交互にカウントしながら足を動かす。
何も考えてはいけない。考えると泣いてしまうから…
とぼとぼと歩き続けているとようやく駅に着いた。
駅前の信号は待ち時間が長い……ぼんやり待つしかないから、どうしても考え事をしてしまう。
……僕、これからどうしたらいいのだろう。
正解が分からない……いや、きっと、正解は分かっているのだけれど、その正解が受け入れられないんだ。
目の前で次々車が停まり出し、信号待ちをしている人々が一歩前へ出る。
そろそろ青に変わる……そのとき。
「─────葵?」
ぐいっと腕を掴まれて後ろを振り返ると、そこには……今一番会いたくない人がいた。
信号が青に変わり、僕たちの横を数人の人が通り過ぎていく。
「何でお前、まだこんなところにいるんだ?買い忘れたものでもあったのか?」
電話をした時には家に向かうと知らせていたから、駅前で僕と会うなんて思ってもいなかったのだろう。僕だって、そう……彼女と会わなければ今頃、先輩の部屋で晩ご飯を作っていたはずだ。
「………いや…ちょっと、その……」
いい返事が思い浮かばなくて、来ていたパーカーのポケットに手をつっこむと、固い物に触れる……そうだ、コレ……返さなくちゃ。
「ごめんなさい……僕ちょっと今日は調子悪くて、ご飯は作ってあげられそうにないから……家の鍵、今返すね」
腕を掴んでいた先輩の手をとると、その手のひらに鍵をのせる。
手のひらで転がって、僕の方を見つめる温泉にゃんこのかわいらしい姿が、今は切ない。
「え?風邪か何かか?……昨日無理させすぎた、とか…?」
「あはは、そんなんじゃないよ……あと、これも渡しとく。僕は家に帰るから、夕飯は作ってもらって?……じゃあまた!」
手に持っていたレジ袋を先輩にぐいっと押し付けると、信号が点滅し始めた横断歩道を急いで渡る。
「おいっ!葵っ!?」
驚いた顔の先輩の前を、信号がまた変わって動き始めた車が何台も行きかう。ここの信号は、一度赤になるとなかなか変わらない。
僕は振り返って手を振ると、そのまま駅に向かって歩き始めた。
今の時間にはそんなに待たなくても乗れる電車があったはず。先輩が追ってくる前に帰ろう。
そんなことを考えて……思わず自分に苦笑する。
追ってくるはずがない。
先輩は、僕より大切な人が、家で待ってるんだから。
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