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第13話
ついていないときって、何をしたってとことんついてないみたい……電車を降りて、乗り継ぎのホームへ移動すると、すでに電車は行った後だった。
いつもだったらそのまま立って待つのだけれど、何だか元気も出なくって、近くにあるベンチに腰を下ろした。
バッグの中にはこんなときのために、いつも文庫サイズの本が入れてあるのだけれど、今日は取り出す気になれない。
……どんなラブストーリーを読んでも、僕の恋愛の参考にはならなそうだし、どんなミステリーよりも、先輩の心の中の方が謎だから。
次の電車が来るまで、あと15分。
ぼんやりと足もとのコンクリートを見ていると、黒いスニーカーが見えた。
─────え?
顔を上げようとするより早く、僕の前にペットボトルが差し出された。赤いラベルの紅茶のペットボトル。
不思議に思って顔を上げて見ると……
「……………三枝君……」
飲み物を差し出していたのは、バイト生の三枝君だった。
「お疲れ様です。仕事帰り……では、ないですね。今日は内村さん、休みでしたよね」
そう言ってにっこり笑うと、僕に向けてもう一度ペットボトルを差し出した。
ちょっと気が引けたけれど……受け取らないのはもっと悪い気がして「ありがとう」と礼を言って受け取った。
キャップを開けて一口飲むと、ほんのり甘い。その甘さが心にじんわりしみる。
「何か、元気ないみたいですね……嫌なことでもあったんですか?」
「え?………いや、そんなことはないよ。いつもどおりだよ?」
「いいですよ、別に無理しなくて……無理やり話を聞こうとか、『俺が解決してやろう!』とか思ってませんから」
「……………」
三枝君は返事のできない僕の横に座ると、持っていたコーヒーの缶を開けて一口飲んだ。
「ただ、内村さんが元気ないと心配で……最近調子悪いみたいだし、何か心配事でもあるのかなって、ずっと思ってて」
「……………」
「今日は俺もバイト休みだったんで、この駅の近くで遊んでて今帰るところなんですけど、ベンチに座る内村さん見つけて……そしたら、すごい思いつめた顔してるから、ほっとけなくなって声かけちゃいました」
そう言って頭をかくと「すみません」と苦笑いを浮かべて三枝君は謝った。
「……謝ることなんてないよ。なんか、甘いもの飲んだら気分が上がったし。三枝君に声かけてもらって、よかった……」
心配かけたくなくて、にっこり笑って見せると、三枝君ははっとした顔をして、なぜか目をそらしてしまった。
……あれ?……うまく笑えてなかったのかな…
「ちょっと悩みごとがあって……解決したいとは思ってるんだけど、解決すると大切なものを失くしてしまうかもしれなくって……それで動けずにいるんだ……僕」
「………それは……」
「いい大人なのに怖がってばかりで、情けないよね……でも、とっても大切だから手放したくないくて……どうしたらいいか、よく分からないんだ…」
「……………」
三枝君は僕のプライベートを知らない。知らないからこそ、話はぼかしたけれど、思っていることを言えたのかもしれない。
でも、言ってしまえば封じ込めていた感情を抑えきれなくなって……ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
年上の男が人前でめそめそ泣くなんて、あきれてしまったかもしれないけれど……三枝君は優しく、とても優しく僕の背中を撫でてくれた。
まるで『よしよし』となぐめるみたいに…
それが余計に僕の涙腺を緩くして……そうしたらそれ以上しゃべれなくって……しばらく二人、ベンチに座って電車が来るのをじっと待っていた。
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