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第19話

「───え?」 「───あっ…」 先輩に触られることを拒む……そんなことがあるなんて、僕も先輩も思ってもなくて……二人が二人とも驚きの声を漏らした。 ……何?今の? 訳が分からないまま固まっていると、もう一度先輩の手が僕の方に伸びてくる。 「─────っ!!」 先輩の手が近づくと、僕の身体は途端にこわばって縮こまり、ぞわりとした感覚が背中を伝っていく。袖から少し見える肌にはびっしりと鳥肌が立っていた。 ……何これ?何なの? そんな僕の身体の思ってもいない反応に、さすがの先輩も気がついて、ぴたりと手が止めた。 「……………葵?どうした?」 先輩の戸惑ったような、訝しむような声。 そんなの当たり前だ……昨日までは何ともなかったのに…… けれどそれに答えようがない……何が起こっているのか、自分自身でも分からないんだから… 「……………ちが……違う………違うの…」 自分で自分のことが分からなくて……こんなのはおかしい……おかしいのに……まるで僕の身体が、僕の身体ではなくなったみたいだ… 一体どうしてしまったんだろう……僕は先輩のことが大好きなのに……そばにいて欲しいはずなのに… 僕の身体は全身で、先輩を拒否していた。 「………………」 「………………」 しばらく、僕も先輩も何にも言わなかった。実に重い沈黙が、二人の間に流れる。 ……何か言わなくちゃと思うのだけれど、うまく声が出てこない。 自分でも自分の身体のことが分からなくて、先輩に説明もできそうにない… 本当に、この身体は僕の身体? 自分で自分の身体を制御できていないみたい… 漂う重い空気から先に抜け出したのは、先輩だった。 すっと立ち上がって、僕をどこか悲しそうな瞳で見ると……僕を残したまま一人、部屋に戻っていった。 「──あ……」 やだ。 こんなところに置いていかないで。 一人にしないで。 引きとめたくて手を伸ばそうとしても、震えてしまって使い物にならない。そのまま先輩の背中は見えなくなってしまった… 「………や、だ………違う……ち、………がう……」 好きなの……そばにいて欲しいの…… 先輩がいなかったら、僕はダメなのに……なんでこんな、なの…? ……もし…もしもこのまま…先輩が戻ってこなかったら… ……こんな面倒な僕……嫌になってしまったなら… 「………や……やだっ─────うぅ……」 追いかけたいのに身体は動かなくて……そんな自分に絶望して……また嘔吐する…… でも、からっぽの僕からは何にも出てこなくて……ただ涙がこぼれて渦に吸い込まれていった。 ──苦しい。苦しいよ、先輩… ぽろぽろと涙がこぼれて……えぐえぐと嗚咽が漏れて……頭はがんがん痛み……もう、このまま倒れてしまったほうが楽な気がする… 苦しくてぎゅっと目をつぶっていたら… 「─────?」 ふわりと何か温かいものが、僕の身体を包んだ。

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