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第24話
「内村さん、悩みごとは解決したんですか?」
平日の午前中、レジの空いている間にサービスでつけるブックカバーを折っていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、三枝君。新しい包装紙の補充に来たようだ。
「あれ?今日は大学は?」
「休講だったんで、バイト代わりました。体調崩したヤツがいたんで」
「ああ、そうだったんだ。ご苦労様」
そう言って笑うと、何故か三枝君はちょっと困った顔をした……あれ?何か変だったかな…
「で、どうなんですか?悩みごとは」
「あー……うん。大丈夫。今日中に何とかするつもり」
今日のシフトは早番。今の時期は先輩の仕事も忙しくはないみたいだから、帰りに家に寄ろうと思ってる。
僕が知っていることすべて……それから、別れると決めたこと……ちゃんと伝えて、置いている荷物をまとめたらさよならするつもり。
「じゃあ、大事なものはなくさなくて済みそうですね」
「……………そうだね」
今から改めて大事なものをなくすことはない……だってもうすでに、僕の側からなくなっていたんだから。
そんな僕の事情を知らない三枝君は、僕の返事を聞いて「よかった」と笑った。
「じゃあ、約束してた手料理、ごちそうしてくれる日は近いですね」
「あ、そう言えばそんなこと、約束してたね。すっかり忘れてた」
自分のことでいっぱいいっぱいだったから……正直、三枝君との約束のことは忘れてしまっていた。
「ひどいなぁ。俺は忘れてないですからね。楽しみにしてるんですから」
「ごめん、ごめん。そのうちちゃんと、ごちそうするから」
今夜、先輩と別れる。そうしたら僕の生活からは、仕事以外何にもなくなるんだ。
明日から、何をして過ごせばいいんだろう……毎日練習だと思って作り続けてた料理だって、もう食べてもらう相手がいなくなるなら、続ける意味はない。
だから今、三枝君と約束をしていることは、今後の僕にとってはいいことなのかもしれない。
少なくともしばらくは、彼に振る舞う料理を考えることで時間をつぶせるのだから。
「絶対ですからね!忘れないで下さいよ!」
そう言いながら三枝君は次の仕事のためにレジを離れた。
「分かった。必ず作るよ」
何だかおねだりする姿が子どもみたいで可愛らしく思えて、小さく手を振ってみると、三枝君は嬉しそうに笑ってくれた。
このときした小さな約束が、僕に大きな波となってやってくるのは……また別の話。
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