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第29話

身体を素直に先輩に預けると、じっと先輩の言葉を待った。 先輩は『俺の出番』と言ったから、僕は信じてその言葉を待つしかない。 「もう、これで分かったろ?松野。俺は、お前とは付き合えないし、好きになることもない」 「……………」 「お前は何度言っても『いる』って信じなかったけど、こいつが俺の恋人。ほら、かわいいだろ?」 ───ふぇ!? 何でか急に褒められて、思わず先輩の顔を見ようとしたんだけど、先輩はますます腕に力を入れてしまったから身動きが取れない。 でも。 でも! 今、すっごく嬉しいこと、言ってくれたよね? 「でも、その人は男ですよ。これから先のことを考えたら、絶対その人より私を選んだ方がいいです!」 「だから、選ばないって……俺は何があろうとこいつがいいの!端っからお前なんかと比べてねーよ」 「っ!──絶対後悔しますよ。後になって幸せな家庭を望んだところで、その人相手じゃ無理なんだから」 「ホント、お前はしつこいな。何度言ったら分かるんだよ──俺は結婚しなくていいし、子どもだっていらねーんだよ。実家に帰れなくても全然平気だ。こいつが俺の側からいなくなることのほうが、よっぽどこえーよ!」 先輩は僕を後ろから抱きしめたまま、ぐりぐりと僕の頭に頬を押し当てた。照れてるのをごまかしてるみたいに… 今、先輩は「怖い」と言った。僕が側からいなくなることが… それは、その感情は僕と同じだ。 僕も、怖い。 先輩の側にいられなくなることが……先輩が側にいなくなることが… いつだって僕たちの恋愛は先輩が優位に立ってる気がしてたけど──そうじゃないんだ。 僕も先輩も、同じ喜びと同じ不安を抱えてる。 だからこそ、僕も先輩も……ちゃんと言葉にしなくてはいけないんだ。 「お前の言う幸せなんて、俺にとっては何の意味もないし価値もない。そんなステレオタイプな幸福なんて、俺たちは望んでないんだ」 「──あなたたちの恋愛は非常識なものです。引き返すなら、どう考えたって今ですよ?私と一緒に幸せな未来を手に入れること……本当に少しも考えてないんですか?ちょっとは欲しいと思ってるんじゃないですか!?」 目の前の彼女はヒステリックに叫び、頭上の先輩はやれやれというように少し苦笑いをするのが分かった。 「お前の気持ちも考えも分かったよ。でも応えられない。お前の言う『幸せな未来』なんて、俺は望んじゃあいないんだ。大体さ、未来どころか俺はもう、今すでに幸せなんだよ。いいか?俺たちはな──」 ───あ…… 耳もとで聞こえる先輩の言葉に、ぴくりと身体が反応する。 先輩が何て言おうとしているのかが、自然と分かって……思わず口が開いていた。 「「一緒にいるだけで、幸せなの!」」

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