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第31話

「せ、先輩っ!大丈夫!?」 カツカツと高く響くあの人のヒールの音が遠ざかっていく中、背中で僕をかばってくれた先輩のことが心配で、じたばたともがく。 ようやく緩んだ先輩の腕から抜け出すと、振り向いて見た先輩の表情は痛みに歪んでいた。 「いてぇ……あいつ、びっくりするくらい馬鹿力だわ」 顔をしかめているけれど、口調はどこか笑いを含んでいて……何だかようやく、いつもの先輩に会えた感じがする。 「先輩が余計なこと、言うからだよ」 「そうか?まあ、殴りでもしなけりゃ、あいつの気がすまなかっただろうしな……これでもう、ここに来ることもないだろ」 そう言うと先輩は手を伸ばして、僕の頬をふにふにとつまんだ。これも、いつもの先輩のクセ。 ああ、やっと日常に戻ったんだ……と実感できた。 「悪かったな、何だか面倒なことに巻き込んじまって…」 先輩の声が本当に申し訳なさそうに聞こえて、僕は慌てて首を横に振る。 先輩はそんな僕を見て優しく微笑むと、そっと背中をアパートの方へ押してくれた。 僕はそれに促されるように、先輩の部屋へと向かう。 「あいつ、絶対俺のことなんて好きじゃないのに、しつこくてさ。ストーカーじゃないかってくらいで、正直困ってたんだ」 二人で一緒に階段を上がって、一番奥の先輩の部屋へ。 「……困ってるんだったら、言ってくれたらよかったのに…」 「うん……まあ、ちょっと……自分で何とかできると思ってたし、な」 「でも……あの人──松野さん?本気で先輩のこと、好きだったんじゃないの?」 だってそうでもなきゃ、断られてもつきあってくれるように何度もせまったりするかなぁ… 「ないよ、それは。まあ、詳しくは後で話すけど……あいつ、別に俺のことが好きで付き合いたかったわけじゃないし」 「え?何それ?……よく意味が分かんないんだけど…」 先輩が好きだから付き合いたかったわけじゃないって……じゃあ、どうしてあんなに必死だったのかなあ…… 好きでもないのに、あんなに何度も電話したり家の前で待っていたり、する? 「とりあえず、中に入ろう。外でする話でもないしさ」 先輩は鞄からお揃いのストラップのついた鍵を取り出すと解錠してドアを大きく開けた。 先に入るよううながされて、玄関へと足を踏み入れる……先輩の部屋に安心して入るのも、何だか久しぶりな気がする。 「おじゃまします…」と中に入って、あっと気がついた。 ……そう言えば今日は、先輩と別れて荷物を受け取ったらすぐに帰るつもりだった。だから、夕飯の材料は何も買ってきていない。 先輩の家の冷蔵庫は、悲しいくらい何にも食べ物が入っていない……それこそ、ビールのような飲み物だけ。このまま上がったところで、夕食に困ってしまうだろう。 だったら中には入らずに、どこか出かけたほうがいいんじゃないのかな?例えばいつものラーメン屋さんとか… まずは先輩に提案してみなきゃ。 そう思ってくるりと後ろを振り返ったそのとき。 「わっ!」 僕の次に部屋に入った先輩は、振り向いた僕を正面からすっぽりと包んで、ぎゅっと抱きしめてくれた。

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