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第32話

振り返ったとたんだったから、びっくりしてしまって、固まってしまった。だから抱き合うというよりも抱き込まれるという感じで… ぴったり身体がくっついているから、どくんどくんと強く刻まれる胸の鼓動が先輩に知られてしまいそうで、何だか恥ずかしい。 これまで何度も抱きしめてもらってきたのに……何も身に纏わないで抱き合ったことだってあるのに……何でかな、すごくどきどきする。 本当は僕も腕を背中に回して、ぎゅっと抱きかえしたい。だけど、先輩の力が強すぎて、両手は動かすことができなくて……仕方なく、先輩の肩におでこをぐりぐりと擦り付けた。 こんなに近くに先輩を感じるのは久しぶりで… いつも温かい先輩の体温と、大好きな先輩の匂いと……ずっと足りていなかったものが、今はこんなに近くにある。 一度は失いかけたものが、ちゃんとここにある。 相変わらず涙腺の緩い僕はじわじわと涙がたまってきて……あきらめないでよかった。 でも。 ……く、苦しいっ。 僕と同じ気持ちでいてくれるのは嬉しい。嬉しいんだけれど、先輩の僕を抱きしめる手はどんどん強くなって。 ぎゅうぎゅうと抱きこまれるにつれて、息が……息が苦しいんだけどっ。 「………せ、んぱい………苦、し……」 もう我慢も限界で、思わず声を上げたら──びくっと先輩の身体が大きく震えて、ぱっと手を離したとたん、一歩後ろに下がってしまった。 「悪いっ、調子に乗った──気持ち悪かったな…」 ───え? 先輩は何だか気まずそうな顔……あれ?どうしちゃったの? そのまま靴を脱いで、僕の横をすり抜けるように部屋へと入って行く。 「もう、無理に触ったりしないからさ……とりあえず、上がっていけよ」 僕に背を向けたまま、そう言った先輩の声はいつもと同じ調子なのに、何だか寂しい声で… ちょっと前までこたつとして使われていた小さなテーブルの上に鞄を置いて、スーツを脱いだ背中が何だか切なくて… ──あ…そうか… 僕が「苦しい」って、言ったからだ。 先輩が触れるだけで怖くて、吐いて、震えて……そんな風に苦しんでいたあの頃の僕のこと、思い出して勘違いしたのかもしれない。 もう、大丈夫なのに… もう、そんなことないのに… 広いとはいえない部屋の端と端で、同じ空間にいるのに遠くにいるような気がして… 嫌だ。 もう、離れ離れは嫌だ! 「─────うおっ!?」 靴を脱ぎすてて部屋へ上がった僕は、駆け寄った先輩の背中に、がしっととびついたのだった。

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