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第49話
「まあ、俺も職場でプライベートなことは話してなかったから……恋人がいるなんて思ってもなかったんだろ。寂しい三十路手前の独身男だ。自分が声をかけてやれば、簡単になびくだろう……ってとこか?」
「そんな…」
「出勤した火曜日から猛烈なアプローチが始まって、昼飯に勝手についてくるわ。勤務時間にもひっついてくるわ、仕事にならなくって課長にそれとなく注意をしてくれるよう頼んだんだけど。そしたら今度は電話とメール攻撃に変わってさ」
……あ、だからあんなに頻繁に電話が鳴っていたんだ。
やっぱり電話の相手はあの人──松野さん?だったんだ。でも…
「……先輩は……『恋人がいる』って……言わなかったの…?」
付き合ってる人がいるから困るって……迷惑だって……言わなかったのかな……
言ったらあきらめてくれるような気がするんだけれど……
「もちろん言った!だけど、職場では俺……どうも付き合ってる相手はいないって思われてるみたいで……何度『恋人がいる』って言っても信じてくれなくてさ。断るためのでまかせと思ったんだろうな」
「……………」
「葵が来るから邪魔されたくなくて『今夜は電話してくるな!』って釘を刺しても、平気でかけてくるし……かといって、仕事を引き継いでることもあって、着信拒否の設定をすることもできなくて……本当に参ったよ。──で、そのうち気づいたら、お前の様子はおかしくなってるし……」
「………それならそうと、言ってくれたらよかったのに」
「言おうと思ったよ。でも──きっかけになった残業も、お前との旅行のために頑張ったし、有休もお前と過ごすためにとったし……正直に話したらさ、お前『自分が原因になって困ってる』って変に勘違いするんじゃないかって思って……」
「……………」
「あのとき、ちゃんと言えばよかった……最初から話しておけば、こんなことにはならなかっただろうな。お前がうすうす感づいてきてるのも何となく分かってたのに、一人で何とかできると思い込んで……ホント、馬鹿だ。結局どうにもできなくなって……お前を傷つけちまって……葵が……トイレで泣きながら吐いてるの見たら………俺……」
「……………先輩?」
先輩は持っていた箸を下ろすと、右手で顔を隠しうつむいた。
肩が震えているように見えるのは見間違いではないと思う……それを目にして、僕の胸もぐっと苦しくなった。
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