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桜色のバレンタイン1
ざわざわざわざわ……
騒がしい廊下。騒がしい教室。
いつもと同じ筈なのに。いつもと違って感じるのは──今日が、甘い甘いバレンタインデーだから。
*
「……」
鞄の奥に忍ばせていた、小さな箱。
焦げ茶色の包装紙に桜色のリボンが飾られたそれは、何処からどう見てもそれらしく見えてしまう。
やっぱり……持って来ない方が良かったかな……
すっかり渡すタイミングを失い、気付けばあと数分で、四時間目のチャイムが鳴ろうとしていた。
「………あれ」
しん、と静まり返る教室。
ふと顔を上げれば、黒板に書かれていたのは──『実験室』の文字。
どうやら、竜一も夏生も、僕を置いてサッサと行ってしまったらしい。
慌てて教科書と筆記用具を引っ掴むと、教室を後にした。
………もう。
声くらい、掛けてよね。
移動教室なのに気付かず、ぽつんと一人教室に残っていた事に、恥ずかしさを覚える。
渡り廊下を通る頃には、遠くのざわつきも消え、本鈴までのカウントダウンが始まった事を物語る。
……あぁ、もう。間に合わない……
走ろうとして、ふと視界の端に映る人影。チラリと見れば、階段脇にある非常扉の窪みに、よく見知った背中があった。
「……」
……え、竜一?
どうしてここに……?
筆記用具と教科書をキュッと胸に抱え、じっと様子を覗いながらゆっくり近付く。
と。その奥に、隠れるようにして立つ──学年一美人と噂される、桐谷さんが。
「──で、これなんだけど」
竜一の前に差し出されたのは……華やかなリボンのついた、見るからにバレンタインのそれだと解る、小さな手提げ袋。
「宜しくね」
「……あぁ、解った」
何の抵抗もなく、受け取る竜一。
……え……
瞬間──心臓が止まる。
「てか、ごめんね。いきなり呼び止めちゃって」
照れながら笑う桐谷さんが、少しだけ顔を伏せる。一瞬、桐谷さんの視線が、僕に向いたような気がした。
「……じゃ、また後で」
「ああ」
伏せた目を竜一に向け、微笑みながら片手を振る。
「──!」
動き出す二人。
気付かれないよう、静かにその場を走り去る。
ドクン、ドクン、ドクン……
……なに、あれ……
『解った』って……何?
まさか……桐谷さんの想いに、答えたってこと……?
「……」
……やっぱり……
桐谷さんのような、綺麗で可愛い子が……いいよね……
男の僕なんかより……ずっと──
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