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第9話
「ほんま、なんもないな」
「俺にはそれが合ってる」
閉店時間を過ぎ、要と心は2階の自室で麦茶を飲んでいた。
洗い物まで手伝って貰い早くに店を閉めたのは、昼の事があったからだ。
開けた窓から気持ちの良い風が心の髪を擽る。
「そうだ、就職おめでとうございます」
「妹やけどな。
ありがとうございます」
「あんな小さかったのに、人の子は成長が早いな」
「それ言い出したらおじさんやで」
無邪気な笑顔がすぐそこにある。
手を伸ばせば触れられる。
だけど、それは許されない。
心には、恋人がいるから。
笑いあっていた筈の心はいつの間にか直さんという人と付き合っていた。
繁華街の方に借りていた部屋に直さんが入り浸る様になり、今は同棲している。
書類上はルームシェアだが、恋人同士なら同棲という言葉の方が合っているだろう。
「此処は、穏やかで要に合ってる。
最近体調はどうや」
「あぁ……今日、少し…。
でも、もう大丈夫」
「なんかあったんか。
誰かになんか言われたか」
心は、なんでも知っている。
俺はそんなに分かりやすいだろうか。
いや…、分かりやすいなら誰か助けてくれただろう。
どうする事も出来ない過去の話。
「世間話の延長で。
でも、今は震えも吐き気もないし本当に大丈夫」
「ほんまに?」
「うん。
飯も食ってたろ」
「俺より食ってなかった」
「それは、心が食い過ぎなんだよ。
お代わり2回もしてたしな」
「要の飯ならいくらでも食える。
バリ美味い。
塩梅が良いよな」
そんなタラシの様な事言うから心配なんだ。
すぐに人を信用して裏切られる。
それでも、また人を信じるのは心の心が綺麗だから。
「ありがとう、心」
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