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第9話

及川side 力なく項垂れた俺に岩ちゃんはどう思ったのか、一つ小さなため息を吐いて、静かな声で口を開いた。 「襲った後、影山はどうした?」 「俺にビンタして、泣きながら去って行ったよ……」 あんな顔、見たくなかった。 完全に飛雄を傷付けてしまった。 あの時のビンタ、すごい痛かった。 頬だけじゃなく、心も。 でも俺なんかより、叩いた飛雄の方がずっと、何百倍も痛かっただろうな。 飛雄は、恐らく俺のこと嫌いだっただろう。 そして、昨日のことで更に嫌いになっただろうな。 俺、最低だったもんね…… 昔も、昨日も。 「泣きながらビンタか……だろうな」 「……っ」 “だろうな”   そうだよね 岩ちゃん。 俺なんてビンタされて当然のことしたんだもんね。 分かってても改めて人に言われると…… 「何、変な顔してんだクズ川! そんな似合わねーブサイクな顔してないで、さっさとちゃんと告白してこい!!」 「え?」 その言葉に俺は目を見開き、岩ちゃんの顔を凝視した。 「影山はきっと誤解してると思うぞ」 「誤解?」 「ああ。 襲われた理由、きっとお前に嫌われてて、嫌がらせかなんかでヤられたと勘違いしてるだろーよ」 「……うん、そうだろうね。 俺はもちろん飛雄のこと好きだけど、飛雄は俺のこともっと嫌いになっただろーね……」 だんだん口角が下がっていく。 「だから、その変な顔やめろ……胸糞ワリぃ」 「うん。ゴメン」 「ゴメンって言いながら変な顔しやがって!」 「ゴメンね」 岩ちゃんの怒りのこもった声に、余計に悲しみが倍増して、唇を噛み締めた。 すると、岩ちゃんが食器を持って立ち上がり、早足でカウンターへと向かって行く。 「えっ! ちょっと岩ちゃん待ってよ!!」 俺は慌てて牛乳パンを口の中に押し込んで、後を追い掛けた。 岩ちゃんは学食から出て、少し歩いた所で立ち止まった。 明らかに背中が怒っている。 「い、岩ちゃん……イライラさせてゴメンね…… あ、それはいつもか……アハハ…ハ……」 恐る恐る岩ちゃんの様子を窺いながら、苦笑いしか出来ないでいる。 すると、素早く岩ちゃんが踵を返して、すんごい顔でこちらに向かってきた。 「え? えぇ?! 岩ちゃん!!?」 次の瞬間、固い痛い拳が頬にめり込んで、俺は数十メートル殴り飛ばされた。 「グハァッッ! いぶぁぢゃんんッ!!」 ズザザザザガガザザザザザガガガザザザアアァァァーーーー…… 「本当にうじうじウゼーなグズアホボゲカス川! 本気で影山のこと好きなんだろおめーは! だったらちゃんと気持ち伝えなくてどーすんだよ!!」 「…………」 体の色んなところが痛んで動けず、俺は地面に倒れ込んだまま、ただただ肩で息をするしか出来なかった。 「お前がずっと影山のこと好きで、その想いを消すために、無理に好きでもない女達と付き合い続けてたのは知ってたよ」 「…………」 「その事で女達傷付けて、お前も傷付いて悩んでたのも知ってる。 でも俺がとやかく言うもんじゃねーから黙ってたけど、そろそろ良いだろ?」 岩ちゃんの言葉に涙が零れそうになった。 泣くなんてカッコ悪い。 唇を噛み締めて、グッと涙を堪えた。 岩ちゃんは肩で息を吐きながら、ゆっくりと俺の傍まで歩み寄ってきた。 「もう、隠せねーほど、我慢出来ないくらい影山のこと好きで好きで仕方ないんだろ? ちゃんと気持ち伝えてこい」 「…………」 何も言えない。 あり得ないでしょ、岩ちゃんの声がこんなに優しく聞こえるなんて。 俺もう駄目かも。 体とかと一緒に目や鼻も痛くなってきた。 「誤解されたままで良いのか? このままだったら、本当に影山に嫌われて、話すことも出来なくなるかもしれねーぞ」 「飛雄、と、話す…ことも……でき、な…い?」 「ちゃんと好きだと伝えたら、例えフラれても あいつは良い奴だから、また話してくれるようになる。 でも、誤解されたままだったら、もう…… だから及川、行ってこいよ!」 飛雄と話せなくなるなんて嫌だ! 飛雄に嫌われてても、それでも話すことは出来る。 でも、襲ってきた危険人物だと完全に思われたら、もう、話すどころか目すら合わせてくれなくなるかも。 そんなの、嫌だ。 俺は飛雄のこと本当に本気で好きなんだ。 もう、あんな顔させたくない。 また、飛雄の笑顔が見たいよ…… 好きだから──── 「岩ちゃん、ありがとう。 俺、飛雄に好きって伝えてくる!」

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