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第14話
家に帰ってからもずっと、及川さんの苦しそうな顔が頭から離れない。
あんな顔初めて見た。
いつも俺には意地悪な顔、皆の前では笑顔だった。
それなのに、
俺があんな顔にさせてしまったのか。
その事に強いショックをうけている自分がいた。
なんで俺の前であんな顔するんだよ……
長い長いため息を吐いて項垂れていると、突然母さんに声を掛けられた。
「飛雄~ご飯よぉ~」
「なんかほしくねぇ……」
「えーー……どーしたのよ? せっかく今日は飛雄の大好きなカレーなのになぁ~」
「カレー……」
「嬉しいでしょ?」
カレーは大好物だ。
いつもならカレーという言葉を聞いただけで嬉しくて、思わずにやけてしまうほどなのに。
今日は何故か食べたいと思えなかった。
そんな俺の気持ちに気づかず母さんは、笑顔で背中を押したり、肩をポンポンと叩いてくる。
「早く食べないと冷めるわよ!
飛雄の大好きなカレーが!」
「分かったよ……食べに行く」
あまりにも笑顔で言うから、俺は仕方なく重い腰を上げた。
ダイニングチェアに腰掛けた俺の前に母さんがカレーを差し出してくれる。
「ハイ!
飛雄の大好きな温玉のせカレーよ~」
すごくいい匂いだ。
いつもなら直様スプーンを持ってがっついてるところだが、今日はやっぱり食欲がわかない。
こんなに大好きなカレーが目の前にあるのに、俺どうしちまったんだ……
「い、いただきます……」
1つため息を吐きながらスプーンを持つと、ものすんごい視線を感じる。
前を見ると母さんが、ニヤニヤしながら俺を見つめていた。
あれ? この光景前にもあったな。
「なんだよ? ニヤニヤして……」
「ちょっとぉ~ニヤニヤじゃなくて、ニコニコって言ってよ!」
あ……この言葉も同じだ。
これは、及川さんのとこでカレー食べた時と、同じセリフで、同じ光景だ。
「……じゃあ、なんでニコニコしてんだよ?」
「だって、昔から飛雄がカレー食べるとこ見るの好きなんだもん。
まあ、カレーって簡単に出来るけどさ。
それでも私の作ったご飯を嬉しそうに、美味しそうに食べてくれるの嬉しいじゃない。
それに、本当に幸せそうに食べる姿がすごく可愛いから!」
及川さんも、俺が美味しそうに食べるのを見て、幸せそうな顔が可愛いって言ってたな……
「男に可愛いとか言うな……」
「男とかそんなの関係ないわよ。
美味しくて好きなものを食べる時、誰だって可愛くて、笑顔になるでしょ?
お父さんも私が作ったご飯食べる時、可愛い笑顔で美味しそうに食べてくれるわよ。
だからもっと喜んでほしくて、愛情いっぱい込めて、毎日作ってるのよ」
そう言って母さんは、にこやかに微笑んだ。
愛情……
及川さんも言ってた……
俺に喜んでほしくて、愛情をいっぱい込めたって……
「愛情を込めると美味しくなるのか?」
「そんなの当たり前よ!
レトルトカレーとかより、飛雄やお父さんのために愛情を込めて作ったお母さんのカレーの方が美味しいでしょ?」
確かにそうだ。小さい頃、給食のカレーも美味しいと思ったけど、やっぱり母さんが作ったカレーの方が
なんか一味違うような、
スゲー美味しくて、嬉しくて、大好きだった……
そして……及川さんのカレーもスゲー美味しくて、母さんが作ったカレーとはまた一味違ってて、胸がグワッてなって……
からかわれてるって分かっても、俺のために愛情を込めて作ったって言ってもらえて、スゲー嬉しくて……
「愛情って……スゲーんだな……」
「そうね……だからね飛雄、あなたに恋人が出来て、飛雄のために愛情を込めてご飯を作ってくれた時は、嬉しそうに美味しそうに、可愛い笑顔で食べてあげてね!」
「…………」
「飛雄?」
「ごめん母さん……母さんが作ったカレーも絶対食べるから、ちゃんと取っておいてくれ!
俺、大切な用事思い出したから、ちょっと出掛けてくる!」
「えっ!? こんな時間に?」
「ありがとう母さん! 行ってきます!!」
俺は母さんに笑顔で礼を言ってから、急いで家を飛び出し、全力で走った。
及川さんの愛情……
あれは冗談、からかっただけかもしれない。
それでも……及川さんは
俺が及川さんのカレーを食べてる時、優しく笑ってた。
あの笑顔は、作り笑いとかじゃなく
本当に、嬉しそうに、優しく笑ってたんだ……
及川さん
あんたの嬉しそうな笑顔が今すぐどうしても見たい。
俺が彼を拒絶した……俺のせいで彼にあんな悲しそうな、苦しそうな顔をさせてしまった。
大切な話。
それがなんなのか、予想も出来ないけど
それでも俺も、及川さんと一緒にいられて本当に楽しくて、嬉しかったから。
俺も、あんな最悪な形で終わらせたくない。
ちゃんと聞いてあげたい……
その大切な話を……
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