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第16話

ずっと、及川さんに嫌われていると思ってた。 だって、俺が近付く度及川さんは嫌な顔をして、こちらを睨み付けてくるから。 そんなことされたら普通嫌われていると思うだろう。 俺は及川さんのこと、すごく尊敬していた。 皆に慕われていたあんたを羨ましいと思ってた。 あんたみたいになりたい…… あんたの傍にいたいとも思った。 でも、及川さんは俺のこと大嫌いだっただろ? だから及川さんに話がしたいから付いてきてって言われた時も、 なんで嫌いな奴と話がしたいんだろう? って、全然及川さんの気持ちが分からなかった。 どうしても分からなくて、 嫌いな俺に意地悪して、遊ぼうとしてるのか? 暇潰しにからかってやろうと思ってるのか? と、俺はそう解釈した。 中学の時から分かっていたとしても、それでもショックで 辛くて、苦しくて あの乱暴なキス 鋭い瞳、それと対照的な悲しそうな顔 あぁ、やっぱり嫌われてるって自覚して…… それでも見せてくれた ……優しい、笑顔 中学の時、望み続けた いや、ずっと今でもずっと、望んでる 俺だけに向けられた笑顔を…… どうして、嫌いなはずなのに そんな俺なんかに、見せてくれたの? カレーも本当に俺のために? 分からない……意味が本当に…… それが、知りたくて、 及川さんの気持ちが知りたくて…… あんたの言う、その大切な話の中に 答えがあるのか? もう……ここには来ないだろうと思ってた及川さんのアパートに、自分から踏み込んだ。 カレーを食べた時の、あの優しい笑顔は 愛情を込めたって、可愛いってどういう意味? 本当は、俺のこと嫌いじゃないのか…… それを確かめるために俺は、あんたに会いに来た。 ちゃんと教えろよ、及川さんの気持ち そして、もし、俺のこと嫌いじゃなかったら、 もう一度見せてほしい。 苦しそうな顔じゃなくて、笑顔を…… 扉が開き、明らかな作り笑いを貼り付けた及川さんが姿を現した。 俺を映した瞳は、これでもかと言うほど見開かれ、驚きの色を見せていた。 「及川さん……012号室ちゃんと 覚えてました」 俺は及川さんを真っ直ぐ見つめる。 どう思ってるんですか 俺のこと…… ちゃんと教えてほしい。 気付いた時にはもう及川さんは、またあの苦しそうな顔をしていた。 止めろよ、俺はそんな顔が見たいんじゃない。 あんたの笑顔が見たいんだ。 「あんたは、俺に笑顔を見せてくれないんですか?」 「え?」 「俺が見るあんたの顔は、いつもしかめっ面とか、意地悪な顔ばっかだった。 ほとんど笑顔を見たことがない…… 俺が見たいのは、しかめっ面でも意地悪な顔でも、 そんな苦しそうな顔でもない。 笑顔なんだ……」 「と、びお……」 嫌だ あなたのそんな苦しそうな顔を見てると、こっちまで苦しくなるんだ。 だからお願い、笑顔を見せてくれ………… その気持ちを込めて、俺はもう一度真っ直ぐ及川さんを見つめた。 「……飛雄……」 及川さんは俺の名前を呼んで、ゆっくりと近づいてきた。 あの時は、及川さんに乱暴に触られたのが怖かった。 でも今は、怖いという感情よりも、 もっと違う大きな、言い表す事が出来ないような感情に、心の中が埋め尽くされていた。 近づいてきた及川さんが、そっと俺の頬を撫で、逃げないことを確認すると 優しく抱き締めてきた。 「飛雄……」 及川さんが、抱き締める腕に力を込めて、耳元でそっと囁いた。 その声に、温もり、甘い香りに どうしようもなくドキドキしてる自分がいる。  及川さんあなたの気持ち、教えてください。 「飛雄……ずっと、好きだった」 その言葉を聞いた途端俺の瞳から、涙が溢れ 頬を濡らした。

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