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第56話
俺の恋人、及川さんはすごくモテる。
中学の時何回も、彼が告白されていたのを見たことがある。
それを目の当たりにする度、苦しくて、悲しくて。
俺も、あなたに手を伸ばしたい、触れて
好きだって伝えたかった。
でも、出来なかった。
俺はあなたにずっと嫌われていると思っていたから……
それも一つの理由だったけど、もう一つ決定的な理由があった。
それは、俺が男で、他の告白をしていた人達が皆女だったからだ。
女達と話すあなたはとてもにこやかで、楽しそうに見えた。
及川さんは女好きなんだろうな、男の俺は駄目なんだろうなって思った。
やっぱり、男は女と一緒になるべきもの?
今は俺のこと好きって言ってくれてるけど……
まだ不安でいっぱいだ。
いつ、
『やっぱり男のお前より女の子の方がいーや!
なんで男のお前を好きになったのか、今でも不思議でたまらないよ』
なんて言われてしまう日がいつかくるんじゃないかって、不安で押し潰されそうになる時がある。
及川さんのこと信じてる……
でも、人は心変わりをしてしまう生き物。
学校違うから分かんないけど、女達に何かを食べさせてもらってる時のあなたは、どんな顔をしているんだろう?
嬉しそうに笑ってるのかな?
もし俺が同じようにしたら、それ以上に喜んでくれる?
その光景を見たことないから、比べることが出来ない。
可愛い女の方が良い?
分からない……不安で不安で押し潰されそうだ。
「影山! そんな、そんな悲しそうな顔すんな!!」
日向の強声が、頭の中で響いた。
及川さんはやっぱり女好きなんじゃないかって思った途端に、頭の中が真っ白になった。
ただ、不安を押し込んで、笑うことしか出来なくて。
日向に引っ張られてる時も、ずっとその事ばかり考えてた。
そんな俺の肩を日向が悲しそうに顔を歪めて、力強く掴んできた。
「部室でのお前があまりにも幸せそうだったから、もう駄目かなって……
お前が今すごく幸せなら、俺はやっぱり諦めないと駄目なのかなってずっとずっと考えてたんだ……
でも、さっきのお前はすごく悲しそうで。
そんな顔にさせたあの人のこと……俺は……」
日向の言ってる意味が分からない。
何を諦めると言うんだ?
「日向……何、言ってんだ?
何を言いてーのかもっと分かりやすく言えよ」
「そーだな、突然こんなこと言われても意味不明だよな……
だったら、もっと分かりやすく言ってやるよ。
俺は、お前を笑顔に出来る大王様のことが羨ましいと思った。
でもさっきあの人は、お前に悲しい顔をさせた。
それが許せなかったんだ!
だから、だから……俺は、あの人からお前を」
「飛雄! やっと追い付いた……」
日向が俺の肩をぐっと痛いほど掴んで、瞳を揺るがせて言おうとした言葉を、後を追い掛けてきた及川さんが遮った。
どうしよう、今及川さんの顔を見たら俺、笑える自信ない。
「飛雄……あの、俺……」
言い淀んだ言葉に、どんな意味が含まれているのか分からない。
言いたいことがあるならはっきり言えよ。
いや、もしかしたら、俺が今聞きたくない言葉を言おうとしているのかも……
いや、違うかもしれない……でも……
また情けなく俯くことしか出来ない俺の手を、日向が強く握った。
「また……大王様は影山にこんな顔させるんだな……
影山、もういいだろ?
行こう……」
日向は俺の手を引いて歩き出した。
そんな俺達の歩を、及川さんの強声が止めようとした。
「待って! 行くな!!」
及川さん……
「飛雄!!!!」
「とびお??」
及川さんの呼び止める声の後に
日向でもない、月島でもない、もちろん及川さんでもない、新たな声が俺の名を呼んだ。
その声がした方向に視線を向けると、
そこには、黒髪で、ショートヘアーの女の人が立っていた。
誰だ?
はじめて見る顔だった。
でも何故だろう、胸騒ぎがする。
「梓、ちゃん……?」
静まり返ったその場に、及川さんの言葉だけが俺の中で響いた。
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