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第65話
「ま、別に服着ずにそのまま来てもいーけどねぇ~」
なんて笑いながらベランダへ向かう及川さんの顔は見えなくて。
今どんな顔をしているんだろう。
やっぱり冗談を言いながらも、切なそうな顔しているんだろうか……
俺は急いで服を着て、及川さんを追い掛けた。
朝方のベランダは少し肌寒くて、俺は背中を丸くしながら温もりを求めた。
及川さんは平気かな?
なんて気になってそっと隣を見ようとしたその時、後ろからそっと抱きしめられた。
及川さんの温もりに胸が高鳴って、
離れたくない
と 強く願った。
回された腕を愛しく感じながらそっと撫でると、その手をギュッと握られ、ますます胸が高鳴った。
しばらく抱きしめられたまま身を委ねていると、及川さんがため息を吐くように口を開いた。
「俺、ずっと考えてたんだ。
逃がさないって言ったけど、お前が梓ちゃんのこと好きって言うなら、俺に遠慮せず行っても良いよ。
お前のこと本気で好きだからさ、やっぱりお前の幸せを一番に考えないとって思ったんだ……
自分の我が儘ばっか通してないで、好きなら相手の幸せも考えないとなって……」
なんだよそれ……今すごい良い雰囲気だなって思ってたのに、なんで俺が新藤さんを好きなことになってるんだよ?
なんで……
俺はこんなにもあんたが好きなのに……
「梓ちゃんにキスされた後の、飛雄の嬉しそうな顔を見てすごいショックで、頭の中がグチャグチャになった」
は? 嬉しそうな顔?
何言ってんだよ……
「やっぱり俺なんかより女の子の方が良いんだなって……分かった途端悔しくて。
自分の感情を押さえることが出来なくて、飛雄に酷いことしちゃった……ゴメンね
でも、もう大丈夫だから。
俺なら平気だから、気にしないで
行って、良いよ……」
そう言って及川さんは、俺を抱きしめていた腕を緩めた。
その手は少し震えていた。
平気じゃない……震えるほど、俺のこと好きなんだ、この人……
そうだったな、今思い出したよ……あの時俺、確かに嬉しそうな顔したよ。
はっきり覚えてる
ドキドキして、嬉しくて、思わず顔がにやけてしまったんだ。
思い出したよ 俺、
キスされたあの後、及川さんに抱きしめられて
渡さないって
飛雄は渡さないって言われて、俺嬉しくて思わず笑ったんだ……
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