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第70話

頬を膨らませ、俺の服の裾をクイクイっと引っ張りながら、恨めしそうな目で睨んでくる。 引っ張りながら頬を膨らませる姿が、睨まれているのになんだかものすごく可愛く見えた。 「俺の愛が受け取れないってゆーんだね? 酷いよ飛雄……」 勿論あんたの愛は、もう溢れそうなほど受け止めてますよ。 でも、やっぱりこれだけは譲れないのだ。 「そ、そんな可愛いことしても、ダメですよ! ちゃんと朝練に行ってください!」 「か、可愛いことって何さ!? そんなこと初めて言われたよ。 てゆーか、可愛いのはお前だろ!!」 「俺だって及川さん以外から、可愛いなんて言われたことないですよ。 きっとお互い好きすぎて、可愛く見えるんでしょーね」 これが愛の病ってやつかもしれない。 なんて言えば、及川さんは可愛く顔を真っ赤にさせて、飛雄のくせに臭いこと言ってんじゃないよってまた睨まれた。 確かに今の言葉、自分でも臭いなって思った。 前までこんな言葉思い付きもしなかったのに、及川さんと付き合い出してから変わった気がする。 グチャグチャに黒と灰色に塗りつぶされていた俺の心に、あなたがどんどん色々な色を塗ってくれて、 笑うことも増えたし、こうやって恥ずかしい言葉をサラリと無意識に言ったり出来るようになったんだ。 愛の病って言うか、愛の力? ってやつがそうさせているんだな。 なんか恥ずかしくなってきたから、そういうことにしておこう。 今も真っ赤な可愛い顔で睨み付けてくる、及川さんの腕を引いて歩き出す。 「飛雄……やっぱり烏野まで送っちゃあダメ?」 「ダメです。 遅れたら岩泉さんに怒られますよ。 それに、あんたは俺の目標で、 追い付きたい、追い越したい人だから。 ベストな状態でいてもらわないと困るんです。 だから俺のためにずっと輝いていてください」 「……俺は、追い付かれないし、追い越されたりもしないよ。 ずっと、お前の目標でいてやるために、もっともっと上に行ってやる! だから、お前は俺をずっと追い掛けていればいいんだ! ずっと見てて、見つめててよ……」 さっきまで俺が引っ張っていたのに、及川さんが前に出て俺の手を引いて歩き出した。 そんな姿に笑みがこぼれる。 「負けません! 絶対追い越して見せますよ」 そして、今度はあんたが俺を見つめる番だ!

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