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第98話

俺は、及川さんからも日向からも逃げてしまった。 ただ今はがむしゃらに走って、このグチャグチャになった頭を少しでもスッキリさせたかった。 そうは絶対ならないって分かってるけど、走らずにはいられなかった。 途中、携帯から流れた軽快なリズムが、俺の鼓膜を振るわせ足を止める。 肩で息をしながらポケットから携帯を取り出し、相手を確認する。 ディスプレイに表示された“及川さん”という文字に、心と手が震えた。 今及川さんは、どんな気持ちで俺のことを待っている? 早く出ないといけないのに、手が金縛りに遭ったみたいに動かなかった。 「及川、さ、ん……ごめんなさい…………」 強く瞼を閉じて、唇を噛み締める。 鳴り続けていた音楽がピタリと鳴りやんだ。 今も震える手をなんとか動かして、メールを打つ。 《すみません 今日は疲れていたので、先に帰らせてもらいました》 それだけ打って送信する。 最低だ俺…… 俺のためにずっと待ってくれていたのに。 それでも、やっぱり会えない。会ったらきっと泣いてしまう。 彼の気持ちを裏切ってしまった…… 少しして及川さんからの返信が来た。 《何それ~!! ずっと待ってたのに酷くない(#`皿´) 明日お仕置きね!!!! トビオちゃんのバァーーーーカo(T□T)o バーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカ》 「及川さん、ごめ、なさ……」 次々溢れ出る涙を止められない。 痛くなるほど必死に目を擦っても 「う、うぅ……ごめんなさい……好き…好きです及川さん……」 こんなに自分は弱かったんだ 情けない、本当に…… 止められない涙と一緒に、空から雨粒が降ってきて俺の頬や肩に染みを作っていく。 それはどんどん強くなっていくのに、俺はそこからしばらく動けなかった。

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