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第129話
及川side
激しく動悸しだし苦しくて……
俺は胸に掌を当てて、ただただ混乱して動けずにいた。
どおして梓ちゃんが飛雄の名前を知ってるんだ?
俺は彼女に飛雄の名前を教えたことは、今まで1度もない。
なのになんで?
いや、それよりも俺は、他人から飛雄の名前を聞きたくなかった。
“飛雄”
その名前を聞いただけでこんなにもドキドキして、身体と目頭が熱くなっていくなんて……
『徹、眠りながら寝言で、何度も何度もとびおって言ってた』
え? 嘘だろ……俺、寝言で無意識に飛雄を呼んで、求めていたの?
『……徹にとってそのとびおって、すごい特別な人なんだね』
『なん、で、そう思う、の……?』
特別な人……
そう意識しただけでもっと目頭が熱くなって、声が震えるのを止めることが出来ない。
そんな俺の質問に梓ちゃんは、悲しそうに目を伏せて静かに笑った。
今の笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも、一番彼女に似合ってなかった。
『だって徹、あんなに優しそうな、幸せそうな顔で……
とびお、好きって言ってたから』
『え……?』
とびお 好き……
俺がそんなことを言ってしまったの?
ずっと忘れようとしていた人……
飛雄の名前を俺は、梓ちゃんの前で言ってしまった
彼女を傷付けて、そんな似合わない顔にさせてしまった……
『徹、私に好きって言った時、辛そうな顔したくせに、そのとびおを好きって言う時は
あんな幸せそうに笑うんだね……
羨ましくて羨ましくて……悔し、い……徹……私、
悔しいよ!!』
悲しく声を張り上げた彼女の瞳から、一雫の涙が零れ落ちた。
透き通って朝日に照らされて光った雫。
それはどんどん数を増やして、彼女の頬を止めどなく濡らしていく。
それがボヤけて、見えなくなって……
梓ちゃん、ゴメンね こんなに泣かせて
俺、最低な男だね……
『私も……私にもあんな幸せそうに笑って好きって言ってほしかった』
『梓ちゃん……』
『でも、無理だよね。
だって徹、私のこと好きじゃないもんね。
好きじゃない人に、あんな幸せそうな顔出来ないよね』
『俺、俺は……』
目の前で涙を流し続ける彼女を、抱きしめてあげることが出来ない最低な男。
優しい言葉も思い付かない。
『ねぇ、徹……とびおのこと好き?
ちゃんと私の目を見て、はっきり教えてよ。
自分が本当に好きなのは、特別な人はとびおですって、ちゃんと私の目を見て言ってよ……』
『梓ちゃ……俺……』
情けない……涙が止まらない
彼女を傷付けてしまった。
梓ちゃんだけじゃない、
きっと俺は今までの元カノ達の前でも、無意識に、
飛雄 好きって言ってしまってたんだ……
最低だ俺……
『徹、教えてよ、本当は誰が好きなのか。
ちゃんと私を振ってよ。
じゃないと私、徹をキッパリ諦めること出来ないじゃん!
忘れてスッキリしたい。
だからさ、ちゃんと振って……徹が本気で好きな人を私に教えてよ』
涙を流しながらも微笑んで、真っ直ぐ見つめて俺の言葉を待ってくれる。
そんな健気な彼女をもうこれ以上傷付けないために、ちゃんと言わなくちゃ。
それに俺は……もう、嘘をつけないみたいだから。
『ゴメン……梓ちゃん……
俺本当は、ずっと前から、飛雄って人に恋をしていたんだ。
ずっと忘れようとしても、忘れることが出来なかった
本気で好きな人……
俺、飛雄が本気で好きなんだ!
ゴメンね、梓ちゃん……ゴメン……』
色々な感情でグチャグチャになって、止めることが出来ない涙。
でも、これだけはハッキリ言えるから
俺は、やっぱり、飛雄が好き。
もう気持ちに嘘つけないよ……
泣きながら、それでも真っ直ぐ梓ちゃんを見つめ返す。
『ありがとう……教えてくれて。
ちゃんと振ってくれてスッキリした!
ありがとう、ありがとう……大好きだったよ徹!!』
綺麗な笑みを浮かべながら、梓ちゃんは最後に俺を強く抱きしめて
唇を震わせながらもう一度微笑んで、
手を振って立ち去って行った……
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