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第139話

抱きしめてくれる大好きな人の身体は、いつもより熱く感じた。 やっぱり及川さん俺のが移って、風邪引いてるみたいだ。 「及川さん体あちぃです……やっぱり俺の風邪が移ったんすね……」 及川さんの背中をポンポンと叩きながら言うと、 彼は俺を優しく抱きしめたまま、そっと耳に唇を近付けてきた。 「もう飛雄、俺と会ってくれないと思ってた……」 耳元で悲しそうに響く声に、胸が締め付けられる感覚がした。 笑っててほしいと願ってた人を、俺は今悲しませている。 日向のことも悲しませてしまったし、何やってんだよ俺…… 「俺は及川さんの恋人なのに、会わないわけないじゃないっすか。 本当はずっと俺も会いたかったんです。 でも、この前迎えに来てくれたのに、その……帰ってしまってすんません……」 「疲れたから帰ったとか、なんかおかしいなって思ってたけど…… 俺が……俺がお前を気が付かないうちに傷付けていたんだよね。 なんで傷付けてしまったのか全然分からなくて、彼氏失格だよね……ゴメン」 「ち、違う!! 及川さんは彼氏失格なんかじゃない! 俺には勿体無いほどのスゲーかっけぇ彼氏で、 でも、スゲーからこそ不安になったんです……」 そう言った途端また視界が滲んできて、俺はそれに気付かれないように及川さんの胸に顔をうずめて隠した。 情けねぇ……俺ずっと泣いてばっかだ。 俺、こんなに涙脆かったかな? いや、昔はこんなに泣くことなんて無かった。 及川さんに恋をしてから、泣くことが増えたんだ。 恋をして好きで好きで……でも突き放されて。 数えきれないほどこっちに来るなって言われたけど、それでもあなたに近付きたかった。 あの会えなかった二年間もずっと……あなたを想って涙した…… ずっと俺も、あなたが忘れられなかった…… 想いが通じあった今も、俺はあなたを想ってこんなに涙零れる 俺を涙脆くさせたのは、あんただよ 及川さん。 「及川さんのことが本気で好きすぎるから、不安になったんだ! 本気じゃなかったらこんなに不安になんかならない。 あんたを誰かに奪われるんじゃないかって、ずっと不安だった。 あんたはスゲーかっけぇから、皆あんたに夢中で、いつか及川さん好みの俺なんかよりスゲー人が及川さんを好きになって、そのまま捨てられるんじゃないかって 怖かったんだ……」 「それで泣いてたってゆーの? ハハハ、本当におバカだねトビオちゃんは……」 「なっ! 笑うなよ!! 俺は本気で……」 俺は及川さんが好きすぎるから奪われないか不安で、本気で悩んでたのに、 この気持ちをまさか鼻で笑われるなんて! むちゃくちゃ腹が立ってうずめていた胸を強く殴ってから、顔をあげて及川さんを睨み付けた。 でも見上げた先には、笑った顔なんてどこにもなくて。 あったのは及川さんの真っ赤になった、グチャグチャな泣き顔だけだった。 「あんなに好きだ好きだって言ってたのに、 俺の気持ちを疑うなよ!! 飛雄は俺がこんな顔でモテるから、不安になったの? だったらこの顔が無くなれば、飛雄は泣かずにすむの?」 「気持ちを疑ったわけじゃねー! でも……及川さんは及川さんで、だからその顔が無くなるなんて無理だし。 でも皆そんなかっけぇあんたが大好きで……」 「それは……飛雄も一緒でしょ?」 「俺も、一緒? 何言ってんだあんた?」 意味が分からず適当なことを言う及川さんを睨むと、彼の両手が俺の頬を包み込んで、顔をぐっと近付けてきた。 不安でイライラして、俺は怒っていたと言うのに、彼の突然の行動で顔が燃えてしまったかと思うほど真っ赤に染まる。 「なっ、なんだよ!? 近ぇっ!!」 「可愛い……」 「またあんたはそれを言うのかよ!?」 ボソリと呟かれたその言葉 可愛くもないのにそんなこと言われて恥ずかしくて、でもなんでそれを今言うのかと苛立ちも感じる。 それなのに、彼はまだグチャグチャな顔のまま大粒の涙を溢し続けていた。 「俺だって不安だよっ!!」 不安と苛立ちで染まっていた頭の中で、及川さんの強声が激しく響き渡った。

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