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第168話
突然のキス、触れられた感触、そしてあの切なそうな表情……
全てが月島らしくなくて、でも月島の心の奥深くに隠れた何かを感じた気がした。
立ち去っていく月島の後ろ姿をただ呆然と見つめていたら、及川さんが後ろから苦しくなるぐらい強く抱き締めてきた。
「及川さ、苦しい……」
「苦しくしてんの」
「んで?」
「梓ちゃんだけじゃなくまさかメガネくんにまでキスされてさ……なんでお前こんなにモテんの?
次また誰かにキス許したら、もっと苦しくさせるから!」
モテるって……それはあんたの方だろ?
それに新藤さんは俺じゃなくて、本当は及川さんのことが好きなんだ。
月島も俺を好きなんじゃなくて、反対に嫌いだからあんな嫌がらせをしてくるんだと思う。
「飛雄のバカ! もう許さないんだからね!」
そう哮ってから及川さんは両手で俺の頬を抓って、上下力任せに引っ張ってきた。
「あだっ! いで、いでででででででっ!!
及川さやめ、止めてください!」
あまりにも乱暴に引っ張ってくるから、痛さに思わずその手を引っ叩いてしまった。
直ぐ様手を離してくれた及川さんだったけど、叩かれたその手を擦りながらこちらを睨んでくる。
「イッタぁ……痛いじゃん飛雄……」
「イテーのはこっちっすよ!」
「なぁんでお前が怒ってんのぉ!!
怒りたいのはこっちだよ!
お前があの時梓ちゃんじゃなくて恋人である及川さんを優先しないから、こんなことになっちゃったんだよ。
悪いのは全部飛雄なんだから、お前に怒る資格なんてないんだからね!」
顔を赤くさせながら一気に早口で捲し立ててくる及川さんに、俺も苛立ちが募っていく。
全部ってなんだよ全部って!
確かに俺も少しは悪かったと思ってるけど、全部じゃないはずだ。
「新藤さんのことは、ちょっとは悪かったとは思ってますけど……」
「ちょっとぉ?! 全然悪いと思ってないでしょ?
ちょっとじゃないよ、全部だよ!」
「で、でも、及川さんがこんなとこでヤらなかったら、月島に見られることもなかったのに……」
「カッチーーン……へぇー何?
じゃあ飛雄は及川さんが悪いって言いたいわけ?」
「そーっすけど、何か?」
「こんのクソガキィ!」
「及川さんのボゲボゲボゲボゲボゲェ!!」
「へぇーーーーそう。そんなこと言っちゃうんだ?
分かった。及川さんもう、飛雄が謝るまで絶対、許してなんかやらないんだからね!」
「俺だって及川さんも悪いってこと認めないと、口聞いてあげません!!」
「望むところだよ! フンっ!」
「ふ、フンッ!」
怒り狂った及川さんがプイッと顔を背けたから、俺も負けじと顔を背ける。
するとそんな俺の行動にもっと腹を立てたのかどうか分からないが、及川さんが俺の腕を力強く引っ張ってきた。
「おわっ!!」
突然引っ張られたから防御も出来ずよろめいた俺の唇に、暖かい何かが触れた。
驚きながら触れたものを確認するため前を見ると、それは及川さんの唇だった……
なっ! なんで怒ってるくせにキスなんか?!
熱い舌が滑り込んできて、口腔内を翻弄していく。
抵抗すればいいのに、何故かそれが出来なくて……
一頻り舌を吸い上げられた後、唇が解放される。
俺は荒い息を吐いて後退りながら、袖口で唇を拭った。
「な、んでこんな……?」
「なんでか分かんないの?」
「分かんねーよ……」
さっきまで怒ってたくせに今は真剣な瞳で、こちらを射貫くように見つめてくる。
その瞳を気まずさから受け止められなくなって、俺は目を逸らしてしまった。
そんな俺に及川さんはどう思ったのか、何も言わず踵を返した。
「とにかく、俺は飛雄が謝るまで許してあげないからね……」
低い声で言い放ってから、及川さんは遠ざかって行ってしまった。
「んだよ……及川さんのボゲェ……」
彼の姿が見えなくなってもまだ唇に残っている熱に触れて、俺はただ俯くことしか出来なかった。
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