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第181話
今はなんの痛みもないけど、でもやっぱり気になる。
あの痛み……月島はいったい何をしたんだろう?
朝練終了後、俺は急いでトイレへと向かい、鏡を覗き込んだ。
襟元のボタンをはずし、今朝月島が唇を寄せた所を映し出す。
「あ? 何か痣になってる?」
鎖骨の少し上に小さく赤っぽく、少し紫色になっていた。
月島の奴……殴ったりしてねーのに、どうやってこんな小さな痣をつけたんだ?
アイツの目的が全然分からず、首を傾げながら小さな痣を指で擦っていると、授業の始まりを告げる予鈴が校内に響き渡った。
行きたくないなぁと思いながらも俺は、教室へと足を進めた。
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授業中も午後練中もずっと月島のことや、昨日及川さんに背を向けてしまったこと、色んなことを考えていた。
きっと及川さん、もう来てくれないと思う……
いや来てくれても、月島とあんなことがあったんだ。
罪悪感に苛まれ、及川さんに顔向け出来るわけない。
きっと及川さんも、昨日の俺の失礼な態度に腹を立てているはず。
ずっと及川さんに会いたかった、触れたかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだ……
「どーすりゃいーんだよ……」
「まだ、及川と仲直り出来てないみたいだな……」
着替えながらぼやいていた俺の肩を、菅原さんが優しく叩く。
その後ろで日向が心配そうに俺を見つめていた。
また日向達に心配させてしまったな……
「あ……菅原さん、日向……俺……」
「大丈夫だべ。今日は俺が肉まん奢ってやるから、一緒帰ろ?」
「……すんません」
俺は菅原さんに背中を擦られながら、校門へと向かう。
「あっ!」
そこで、今まで俺の後ろを無言で付いてきていた日向が、校門の方を指差し突然大きな声をあげた。
この日向の反応は、きっと及川さんが……
優しい及川さんが俺のことを迎えに来てくれたんだ。
でも俺は、顔を上げることが出来ずにいる。
「……飛雄」
少し揺れた声が、俺の名を呼んだ
愛しい人が傍にいて自分の名を呼んでくれたことに、嬉しさと動揺を同時に感じたことは隠せない。
きっとあなたは今、俺を真っ直ぐ見つめているだろう。
怒ってる?
それとも、悲しんでる?
どちらにしろ今の俺には、それを確かめる勇気なんてない。
俺は月島に…………
見つめたいと願っても、滲んでいく物に
顔を上げられないでいる。
「影山!」
日向がバシンっ!と派手な音を立てて背中を思いっきり叩いてきた。
「イッテ!」
「影山!
大王様が会いに来てくれたんだぞ。早く行けよ!」
「日向ボゲェ……」
痛みに顔を歪めながらも、日向の言葉に首を左右に振ることしか出来なくて。
分かってるんだけど、上手くいかねーんだよ。
そんな俺を叱るように強く服の裾を引っ張ってくる日向。
そんな日向の動きを誰かが止めた。
恐る恐る隣へと視線を滑らすと、菅原さんが日向の手を掴んだまま、俺が背けた方向へ強い眼差しを向けていた。
「チビちゃん、爽やかくんありがとう……
でもいーんだよそのままで。
飛雄、こっち見ろなんて言わない。
でもお願い、俺の話聞いて……
例えお前が俺を裏切ったとか嫌いとか言っても、俺はお前のこと好きだから」
優しい声で告げられた言葉に、視界がさっきよりもっと滲んで、鼻が痛くなっていくのを止められない。
今すぐ、今すぐあの大きな逞しい胸に飛び込みたい。
そう思っても、まるで呪いがかけられたみたいに体が動かなくて、悲しさに俺はギュッと目を閉じた。
「お、いかわさ……っ」
「この気持ちは絶対変わらない。
だからね、だから……
これ、受け取ってよ飛雄」
地面しか映っていなかった俺の視界に、ピンクの文字でべ○ーランドと書かれた紙が差し出された。
「お前も俺のことまだ好きだと思ってくれるなら、日曜ここに来てほしい。
俺、ずっと待ってるから……
デートしよ 飛雄」
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