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第182話
ずっと、待ってるから……
あなたは、こんな俺のこと待っててくれるんですか?
嬉しさに涙が更に溢れたその時、フワリと優しい感触が頭に与えられた。
心が温かくなった……
温もりが離れていくその瞬間も、恋しくてたまらない。
鼻の痛みと涙が姿を消し、やっと顔を上げることが出来た時にはもう
及川さんは立ち去った後だった。
「なんか……俺までドキドキしちゃった……
大王様カッケェ……
で、さ、影山、もちろん行くよな、デート……」
少し赤い顔になった日向に俺も一緒に真っ赤になっていると、遠慮がちな問い掛けをされて目が泳ぐ。
「行けねぇ……」
「え? 行けないってなんでだよ?
行けよ! 行くんだろ?」
眉間にシワを寄せて声を強めた日向に、また俯くことしか出来ない。
及川さんの気持ちがすごく、すごく嬉しかった。
行きたい……このまま行かないと絶対後悔するって分かってるのに、行くのを躊躇ってしまう自分がいる。
重い震えた手を動かし、耳に触れたら、あの時の嫌な記憶が蘇ってくる。
あんな感触、あんな声、及川さんじゃないとこんなにも嫌で苦しくて。
あの時のことは無かったことにしたくても、ならない。
及川さんを傷付けてしまうこの事実は無くならない。
「行けねーんだ! ダメなんだよ!
行きたくても行けない時だってあるんだよ!」
「影山……何で行けないんだよ?
行けない理由があるんだろ? 何があったんだ?」
「…………」
言えるわけないあんなこと……
悲しみと後悔、強く抵抗出来なかった自分に慰めの言葉なんてものはない。
悔やんでも、自分で自分を慰めても変わらないことだった。
歯を噛みしめ、痛くなるほど拳を握る。
その時、そんな俺の肩を優しく誰かが叩いた。
ゆっくり顔を上げると、菅原さんが肩の感触と同じ優しさ溢れる笑顔で、俺を見つめていた。
「で?
結局のところ影山は行きたいの?
それとも行きたくないの?」
「菅原さん……?」
「答え、出てるんだろ?」
「行けません……」
「俺は行けるか行けないかを聞いてるんじゃない。
行きたいか行きたくないか、お前の気持ちを聞きたいんだよ」
俺、俺は……行きたいんだ!
本当は及川さんとデートしたい! 及川さんと笑い合いたい!
でもそれが許されないから悩んでいるのに、何言ってんだ菅原さん!
「行けない、どうしても、行けないんです!」
「素直になれよバ影山!!」
行けないって言葉を口に出すのも辛くなった時、日向が俺の両肩を力強く掴んで、声を張り上げた。
「何があったのか、何に悩んでるのかお前が言わねーから俺達も分かんねーよ!
でも、このままお前がずっとそんな情けない顔のままだったら、笑顔が見れなかったらさ、俺そんなん嫌だから!
そんなのダメだから、俺……お前に素直になってほしい……」
真っ赤で、目を潤ませた日向の顔は、あの時の
家の前で話したあの時のことを思い出させた。
俺、またお前を傷付けてる……
素直……素直に……
「何か理由があるんだって分かってるべ。
それでもさ、行かないと後悔するってことも分かってるだろ?」
「……はい」
「俺も日向もお前らのこと応援してるから、心強いだろ?」
「はい!」
「もう一回聞くべ。
影山、及川が待ってる!
行くの? 行かないの?」
「行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」
「行ってこい影山ぁ!」
俺は自然と頷いた。
菅原さんが優しい笑みを浮かべて、日向が目を潤ませながら、それでもやっぱり優しい笑みを浮かべている。
あー……本当に心強い
後悔しないように、素直になって
あの時のことは消えないけど、苦しいけど、
それでも、
ずっと待ってる、及川さんがずっと待っててくれる!
『ずっと待ってるから』
はい……及川さん
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