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第196話

眼前に露になった胸の尖りに、及川さんは目を細めて何故か口元に笑みを浮かべた。 そんな彼の表情に、身体が熱くなるのを止められない。 そっと胸元へと寄せられていく唇を見つめていたら、その後の期待される快感に自然と喉を鳴らしてしまう。 あぁ……及川さんの唇が胸に……触れる 今から与えられるであろうその甘い刺激を想像して、俺は瞼を強く瞑って、彼の肩に乗せていた手に力を込めた。 「及川さ……っ」 心臓が波のような動悸を激しく打ち出す。 だがしかし、その待ち兼ねた快楽はいつまでたっても与えられず…… 俺は不思議に思いながらも、恐る恐る閉ざしていた視界を開いた。 「お、及川さん……?」 「…………」 名前を呼んでみたけど、返答はなし。 彼は俺の胸元をじっと見つめたまま動かず、何故かどことなしか悲しそうな顔をしているように見えた。 ずっと胸を見られたままではすごい恥ずかしいけど、それよりもなんで及川さんはそのような悲しそうな顔で目を見開いて、ある一点を凝視しているんだ? その目線の先に、俺の胸に何かついているのか……? 「あ、あの……及川さん? 及川さんっ!?」 困惑しながらやっぱり返答のない及川さんの肩を掴み、思いっきり揺さぶってやった。 彼は何かの呪縛から解き放たれたように身体をびくつかせてから、悲しそうな顔のまま目線を上げてきた。 「えっ、あ、飛雄」 「ずっと固まったままでどーしたんすか?」 「ど、どうしたってお前……そのえっと……」 挙動不審? あからさまに目を泳がせ、眉間にシワを寄せた彼に不安な気持ちが沸き上がる。 「お、及川、さん……」 思わず震えた声で名前を呼び、また肩を揺すった俺に及川さんは突然、なんの前触れも無しに強く俺の身体を抱き締めてきた。 「ンっ! ちょっ、及川さん! 苦し……」 「飛雄、飛雄!」 眉間にシワは寄ったまま、今度は強引に唇を塞がれた。 「んんンっっ!! ん、ふぅっ、ん、ぅ、んンっ!」 激しく口腔内を掻き回され、困惑のあまり飲み込むことの出来なかった二つの混ざった唾液が、口から溢れ出て頬を伝う。 「う、ふ、んぅ……うぁ……!」 じりじりと押され、自然と後ろに下がっていく身体。 ゴンドラの壁に背中がぶつかっても、止むことのないキス。 上手く身動きが取れず、強引で、それでも好きな人からの口付けに抵抗もしたくなくて…… 俺はされるがままただ、その口付けに応え続けていた。 だがそこで…… 「お帰りなさ~い♪ て、わっ!!」 突然ゴンドラの扉が開かれ、女の人の声が耳に響いてきた。 あっ! 観覧車が一周回り終わったんだ。 そう思ったのと同時に唇を解放され腕を引っ張られ、ゴンドラの中から連れ出される。 係員と、順番待ちしていた客の横を勢い良く通り抜ける二人。 「あ、あの! どーしたんすか及川さん!! ちょっと待ってください!」 停止の言葉は聞き入れてもらえず、ただただ突き進んでいく及川さんに引っ張られながら、 愉快な音楽の流れる楽しい楽しいべ○ーランドを背にすることしか出来なかった。

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