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第204話
及川side
梓ちゃんを家まで送った。
彼女の瞳はまだ真っ赤に潤んでいたけど、それでも精一杯笑ってた。
俺も手を振りながら笑って見せる。
……ちゃんと笑えてたかな?
でも、次会う時には、もう少し上手に笑えると思う。
梓ちゃんとは、ずっと友達でいたいから……
そう微笑んで、家路につく。
飛雄……まだ居てくれてるかな……
帰ってないかな……
早く帰らないと、帰ってしまうかもしれない。
まだ頭の中整理出来てないけど、それでも例え
メガネくんのことがあって
気まずくても
辛くても
それでも……頭の中飛雄でいっぱいだから。
梓ちゃんと話してるその瞬間でも、どんな時でも俺の心を掴んで離さないのは
飛雄だけだから
「早く、帰らないと」
アパートに到着して、012号室の前に立つ。
信じてと訴えかけてきた飛雄に酷いことを言い、背を向けてしまった。
そんな俺が……
いったいどんな顔で会えばいいんだ?
分からない、分からないけどでも……
汗ばんだ手で恐る恐る扉を開けた。
「ただいま……飛雄」
かっこ悪い。声、震えた
それでも、いくら待っても返事は帰ってこなくて。
もしかして、やっぱり帰ってしまったの?
「飛雄……」
落胆に項垂れて、愛しい名前を力無く呟く。
「帰っちゃったの……?」
俯いたまま、中に入ることも忘れてただ立ちすくんでいると、
そっと頭に優しい感触が与えられた。
「お、いかわさん……」
「……っ!」
慌てて顔を上げると、俺の頭に触れながら気まずそうな顔をした飛雄が、目の前に立っていた。
「飛雄!」
その姿を見つけた途端、自然に身体が動いて、飛雄を腕の中に閉じ込めていた。
「良かった飛雄、居てくれて良かった……」
「…………」
安堵のため息を吐いて、更に腕に力を込める。
何度も何度も名前を呼んだ。
でも飛雄は何も言わず、抱き締め返してもくれない。
やっぱり、怒ってるんだ……
「飛雄、飛雄……ゴメンね、飛雄……」
「何がゴメンなんすか?」
「何って……」
「ちゃんと話してくれますよね?」
密着させていた胸を押して、距離を作る飛雄。
それに悲しみを感じずにはいられなかった。
飛雄は真剣な眼差しで、真っ直ぐ俺の瞳を見つめてくる。
その瞳は揺れて辛そうで、本当に俺は飛雄を傷付けてしまった。
「あの時は頭の中真っ白になって、飛雄の胸にキスマークがあったことがすごいショックで。
思わず酷いことを言っちゃったけど……それでも、ちゃんと分かってるから。
あれはメガネくんに無理矢理つけられたんでしょ?
分かってたのにあんな酷いこと言って……
でも、飛雄の身体に俺以外からつけられたものがあることが悔しくて、悔しすぎて
この感情を止めることが出来なかった!
ゴメンね飛雄!
傷付けてゴメン!!」
必死に謝って、勢いよく頭を下げる。
これだけじゃあ許されないって分かってるけど、頭を下げずにはいられなかった。
そんな俺にどう思ったのか飛雄は、震えた息を吐き出して、俺の頭を抱きしめてきた。
その温もりに胸がぎゅっと締め付けられる。
「俺も……ちゃんと抵抗出来なくて、及川さんを傷付けた。
すんませんでした……
俺だって及川さん以外の人に触れられるのはスゲー嫌で、スゲー苦しかった!
それで及川さんと気まずくなって、喧嘩もして……
もうあんな苦しいの嫌です!
ちゃんと仲直りしたい。
及川さんとちゃんと抱き合いたい」
「飛雄……俺もお前をちゃんと抱き締めたい!
ゴメンね飛雄、好きだよ飛雄」
頭を抱き締められたまま飛雄を引き寄せ、胸に顔をうずめようとした。
しかし、また飛雄は俺の頭を押して、距離を取ろうとしてきた。
「飛雄どおして離れようとするの?
俺と抱き合いたいんでしょ?」
「そうっす。及川さんに触れたい、触れてほしい。
でも……まだ話してもらってない。
こんな気持ちのまま及川さんと抱き合いたくない!
及川さん、ちゃんと話してください!」
「話すって……何を?」
「及川さん、さっき出て行った後、何があったのか話してください」
何があったって……?
梓ちゃんと出会って、梓ちゃんが実は俺のこと好きで、気持ちをぶつけ合って、それで……
ちゃんと友達になりたいって心の底からそう思った。
でもこの梓ちゃんの本気の想いをいくら飛雄にでも、
そんな簡単にペラペラ喋ってもいいのだろうか?
本気だからこそ梓ちゃんの気持ちを考えて、その想いを口外せずに、そっと心の奥にしまってあげることも大切なんじゃないか?
「何があったかは言えない。けど、それでもずっと俺は飛雄のことだけを想ってたよ」
「なんで言えないんすか?」
「飛雄のことだけを想ってる。
飛雄だけが好き。
この気持ちだけじゃあダメなの?」
「ダメです! なんでちゃんと話してくれないんすか!?」
「どうしたの飛雄?
なんでそんなムキになってんの?」
「これはムキにならずにいられる話じゃねーから!
ああ、クソっ! なんなんだよ!
なんで隠すんだよボゲェ!!」
「と、飛雄!」
大きな強声を張り上げてから、飛雄は携帯をこちらに向かって思いっきり投げてきた。
「ちょっ! 危ないだろ!!」
「見ろよそれ!」
「え?」
足元に落下した携帯を拾い上げて、その画面に目線を向けると、そこには……
俺と梓ちゃんが抱き合った写真が映し出されていた。
頬を嫌な汗が伝う。
「なっ! なんでこんな写真を飛雄が?
後をつけてたの?」
「ずっとここで……及川さんを信じて待ってましたよ俺は……
この写真は月島が見たとかで、さっき送られてきたものです」
「メガネくんが?
あいつ……なんでこんなことするんだよ!
俺達の仲を散々引っ掻き回して、ふざけんなよ!!」
「ふざけてんのはあんたの方だろ!!」
飛雄が俺を突き飛ばし顔を歪め、睨み付けてきた。
冷たい目をしていた。
「なんで隠すんすか?!
なんでなんでなんでなんで!!?
ふざけんなよクソが!
あんたが言ったんだろ?
俺達の間に隠し事は無しって!
あの時約束したじゃねーか
なんで約束破るんだよ!
クソボゲェ!
やっぱり男の俺なんかより、女の新藤さんの方が良かったんすね?」
「違うよ! それは絶対違う!
俺は飛雄だけを愛してる!
この気持ちに嘘はないよ!」
「隠してたくせに何言ってんだよ!!
信用出来るわけねーだろ!
及川さんなんか好きなところに行けばいい!
新藤さんのとこにでも、好きなところに」
「俺は飛雄が好きだから、飛雄の傍に居るんじゃないか!」
「だから!
だから信用出来ねーって言ってんだろーがボゲェ!!」
「飛雄!」
俺は必死に飛雄に手を伸ばして、飛雄を抱き締めようとした。
この気持ちを信じてほしくて
しかし、飛雄は、
俺の手を叩いて、更に俺を思いっきり睨み付けてくる。
真っ赤な顔で、涙で顔をグチャグチャにさせながら。
俺が、飛雄にこんな顔をさせてしまった。
こんなのダメだ!
「触んなボゲェ!
やっぱり……俺じゃあダメだったんだろ……」
「違うって言ってんだろ!」
「さよなら及川さん……」
「何言って! 待てよ飛雄!」
俺に背を向けて立ち去ろうとする飛雄に、必死に千切れそうなほど手を伸ばす。
それよりも早く飛雄が部屋から飛び出した。
「待って! 待てよ飛雄!!」
慌てて俺も部屋から飛び出し、追い掛け、
飛雄の肩を掴んだ。
「待てよ飛雄、待てって言ってんだろ!」
「放せよボゲェ!
俺との約束を破って、あんたは新藤さんを選んだ。
こんなの堪えられねぇ!
もう、あんたの顔なんか見たくねぇ!」
「飛雄ぉ!」
「及川さんなんか
あんたなんか嫌いだ!
もう、俺に顔見せんじゃねぇ!!」
嫌い……飛雄 俺のこと嫌い?
そんなの信じられるわけねーだろ!
「嘘でもそんなこと言うな!!」
「嘘じゃねぇ!
俺は本気であんたが嫌いだ!
き、嫌いなんだ!
さよなら及川さん……
さよなら!!!!」
嫌い……さよなら
その言葉で、俺はどん底に叩き付けられた。
飛雄がどんどん遠ざかって行く現実に、頭がついていかなくて。
ただ、涙が
止まらなくて
飛雄が好きで好きで……
好きなんだ
本気だよ
飛雄……
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